2020.09.17

縄文体質は未来を拓く 第4回~BIは”はたらく”を労働から仕事へ変える

ベーシックインカム(BI)の社会でどう人々を動かしていくか?これらのキーワードをベースにどう可能性へと繋いでいけるか、多少無理かもと思いつつ、やはり突破口は日本人の持つ本源体質でありそれを産み出す縄文体質である事は直感ではあるが、ほぼ間違いないだろう。縄文体質は未来を拓く「プロローグ」

第4回は“はたらく”を扱います。

以前の記事に縄文人の労働観を以下のように書きました。

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縄文人の仕事は、狩猟・採集ですが、縄文時代前期には小豆や大豆の栽培が始まり、晩期には粟・黍・稲がすでに伝来していた可能性が高いといわれています。
現代とは違って、上下関係などないフラットな集団で、誰のために働くかといえば、当然みんなの役に立つことをし、強制されることなく、自らすすんで、やりたいだけやるのが、縄文人の「はたらく」だったのです。
豊かな自然の恵みに感謝しながら、自然に逆らうことなく共生して生きてきた縄文人に、現代社会は学ぶことは多いと思います。

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強制されない、主体的に、自然の摂理に従ったという辺りが縄文人の仕事への基礎意識で、当然ながら使い使われるという雇用の意識とはかけ離れています。唯一有るのは皆の為に体と頭を動かすという事です。そして一日が終わり恵みに感謝する。
それは縄文人だけでなく人類が私権社会に入る前には当然誰しも持っていた労働観かもしれません。

BI制度の導入は既に各国(フィンランド、イギリス、他)で実験されており、何もしなくてもお金が入る社会になって人々の意識はどう変化するか報告が上がっています。
いずれも“働く意欲は上昇する“ “やらされてきた労働から人の役に立つ仕事へ” 意識は転換すると報じられています。
その仕組みはいわゆる奴隷としての受け身の(食べる為の)労働からの解放です。

人は束縛やノルマから解放されるだけで、はたらくことに主体的になれるのです。

 今回も3つの投稿からそれを見つけていきます。

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2020.09.17

縄文体質は未来を拓く 第3回~”職人気質” 生活が保障されれば、本物の追求力が芽生える

ベーシックインカムの社会でどう人々を動かしていくか?これらのキーワードをベースにどう可能性へと繋いでいけるか、多少無理かもと思いつつ、やはり突破口は日本人の持つ本源体質でありそれを産み出す縄文体質である事は直感ではあるが、ほぼ間違いないだろう。~縄文体質は未来を拓く「プロローグ」

いま、西陣織の職人の平均年齢は75歳を超えています。こうした熟練の職人は、もう年金を貰っています。そこで起きているのが、年金の支給額を踏まえた上で『工賃』が決まるといった現象です。まだ年金をもらえない若い世代にはまともな賃金が支払われず、伝統技術を引き継ぐ者がやがて消滅してしまうという危機に陥っているのが現代社会の実情です。 もともと縄文気質を受け継ぐ日本人の職人技は世界でも突出した精度と機能を持ち合わせていました。こうした技術はみんなに喜んでもらえることを第一価値として、あくなき追求の結果もたらされたものです。しかし、市場社会の進展によりお金第一の価値観となって、生活できない賃金体系の職人世界は技術の伝承さえあやうい状況となっているのです。

べーシックインカムはこうした職人の世界を救う、起死回生の政策となるに違いありません。最低限の生活費さえ保障されれば、地域の誇りとなっている伝統技術の継承を目指す若者は確実に増加するでしょうし、営利目的を度外視した、みんなに喜んでもらうための技術の追求も加速することでしょう。縄文気質の再生です。

もともと職人の世界は宮大工に象徴されるように、住み込みの丁稚奉公で生活を共にしながら、棟梁の技を真似、盗むことで技術を吸収してきました。生活が保障されさえすれば、自然と全ての思考と行動が追求に向かうし、主体性もはぐくまれていくことでしょう。

私権第一から追求第一の本源社会の扉を開くのが、ベーシックインカムの社会制度なのだと思います。

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2020.09.10

縄文体質は未来を拓く 第2回~”仲間意識” お金に代えられないものが人を繋げる時代

ベーシックインカム(BI)の社会でどう人々を動かしていくか?これらのキーワードをベースにどう可能性へと繋いでいけるか、多少無理かもと思いつつ、やはり突破口は日本人の持つ本源体質でありそれを産み出す縄文体質である事は直感ではあるが、ほぼ間違いないだろう。縄文体質は未来を拓く「プロローグ」

 第3回は仲間意識を扱います。
縄文時代の仲間意識とは共同体の内部での意識と外部と広く繋がるネットワークというものがあります。これからの社会に視野を広げた時に注目したいのはネットワークの方です。学校にせよ、企業にせよこれまで私たちは生きる為にある意味狭い強制的に作られた人工集団の中に閉じ込められてきました。学校にいじめがなくならない、職場でのパワハラが日常化するというのもこれら効率化を求める人工集団故の歪みです。私権社会が終焉し新しい可能性を探りつつもこの旧い集団の中にいる限り可能性が摘み取られていきます。
しかしBIの社会に転換した場合、この仲間意識が追求関係で作られていきます。
さらにそれは互いに与え合う、交換し合う事で繋がり、広がっていきます。新しい仲間関係が生まれていくのがBIの社会ではないでしょうか?BIの社会はお金が別のものに代わっていきます。信用とか、お金に代えられない感謝とか、人間関係に。

何が必要で、何が必要でないか、それは何でもお金に換算してきたこれまでの社会から変化していきます。
3つの投稿を紹介してBI時代の仲間意識とは何かを考えていきます。

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 縄文体質とは何か? 第2回 集団性(仲間意識)が作る強さ、柔軟性

原始社会での物々交換は、現代人が考えるような、等価値の物品同士の単純な交換ではなく、命がけで入手した交易品には万感の思いが込められていたはずです。それには言わば、贈与者のマナ(霊的な力)が込められている。俗に言えば「心のこもった贈り物」ということになり、当然功利的な打算など優先されることもない。」
こうした交易のあり方の系統を継ぐ縄文期においても、私権的な要素が価値軸となることはなかったはずです。しだいに「階層」らしきものが生まれ始める中期・後期の大集落でさえ、排他的、即自的な性格を帯びることなく、おおらかな共同意識、連帯意識をもって交流し合い、利害も調整し合うことができた。だからこそ、物資や情報を運ぶネットワークをあれほど広く張り巡らすことができたのです。
「こんなおいしいものが採れましたからぜひ食べてください」「それはありがたい。我々は、こんな便利な道具を作ったので使ってみてください。」 このような単純な会話に象徴されるオープンで受容的な雰囲気が、縄文社会の精神風景に流れる通奏低音だったと想像するのもユートピア論になってしまうのでしょうか? しかしながら、利害ではなく信認関係に基づくネットワークの構築、と言えば、これから我々が目指す社会のあり方と見事に重なってくるように思われる。
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労働対価としてお金をもらうより、無償贈与のほうがコスパがいい?~お金がないのにお金に困ってないホームレスの事例

■お金の代わりに感謝を稼ぐ
つまり、小谷は、お金は稼いでないけど、信用を稼いでいる。ここの働き方がぜんぜん違うんです。これまで、ほとんどの人は、労働の対価として確実にお金をもらっていたんです。
でも小谷は、労働の対価として、お金をもらうことは放棄してしまった。その代わり、めっちゃ感謝される生き方を選んだ。
5年前にその生き方をスタートさせて、毎日、毎日、自分の1日を50円で売り続けた。売り続けて、売り続けて、売り続けて、とにかく毎日、「ありがとうございます」「ありがとうございます」「ありがとうございます」って、いろんな人からとにかく感謝されるだけの生き方をした。
50円で売り続けて半年たったある日、あいつ、結婚しやがったんです。
小谷は主に東京をうろうろしているんですが、あるとき、Twitterで女の子から「鬼ごっこの人数合わせで、名古屋まで50円で来てください」っていう依頼があったんです。それで小谷が、名古屋までヒッチハイクで行って、初めて会ったその子と丸1日さんざん鬼ごっこやって、翌日東京に帰ってきて、そこで籍を入れちゃったんです。
その夜、この夫婦が、僕の家に泊まったんです。そこで小谷に、「奥さんに結婚式と披露宴をプレゼントしてあげたい」って相談されたんです。「そりゃそうだ、お前みたいなのと結婚してくれるんだから、盛大にやってあげたほうがいいよ」って話になったんですが、結婚式も披露宴も高い。200万円とか300万円とかする。

■クラウドファンディングに必要なのは名声じゃない
小谷は自分を1日50円で売ってるんで、1ヶ月マックスで働いても1,500円なんです。ぜんぜん足りない。やばいね、じゃあクラウドファンディングで集めようという話になった。
浅草の花やしきを貸し切って、ホームレスの小谷が結婚式をしますから、1口4,000円支援してくださったらこの結婚式に参加できますよ、というリターンを設けてクラウドファンディングをやったところ、2週間で250万円集まった。2週間で250万円ですよ。
じゃあ、誰が小谷を2週間で250万円も支援したかというと、これまで小谷を50円で買った人たち。あの小谷さんが結婚するっていうなら4,000円ぐらい入れるよって、みんな4,000円、4,000円、4,000円って入れて、結果、2週間で250万っていうお金が集まった。

それ以降も、小谷は20回も30回もクラウドファンディングをやっていて、全部成功しているんです。当然なんですよ、失敗なんてない。だって、小谷がやっているのは集金じゃなくて両替だから。

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贈与経済の取引関係が人々を繋ぐ時代に転換している!

>日本人の働き方は、昔から取引関係よりは贈与関係を大事にしてきたという面はあるが、近年になって贈与関係の比重は増していると思う。おそらく、それは人々の活力源=仕事の目的が私権から本源へ移行していることが背景にある。私権時代は、モノやサービスの機能に対する価格の競争力が市場の制覇力だったが、本源充足の実現可能性が開かれた時代になると、価格競争力よりは、本源充足力が制覇力になっていく。贈与という行為は、本源充足力のベースになる行為であるがゆえに、贈与関係が取引関係をも制覇するようになってきているのではないかと思う。
しかし、それは取引関係を有利に進めようとする邪心から来るものでは本物ではない。邪心が見抜かれると、逆に有難迷惑ともとられかねない。元々の日本人の精神がそうであったように、贈与関係は、邪心抜きで、見返りを求めない純粋な心からしか生まれないということは肝に銘じておきたい。

(中略)

そういえば、以前に読んだ
「ちっちゃいけど、世界一 誇りにしたい会社」著者:坂本光司 法政大学教授 を思い出しました。
出てくる8つの会社の従業員は30人以下。自分の利益は度外視して人が求めるものを作り続ける。その真摯の姿が評判を呼んで世界から依頼がくる。心から人のために活き、廻りから助けられて自分も生きて行く。そんな関係と全く同じと思います。大企業では出来な活動です。

しかし、良く考えれば楽しく一生を活きるための極意のようです。
お金はあの世に持っていけない。ならば、その瞬間瞬間を人々が喜ぶことを生業にして生きる方が良いですね。そこにはあの世に持っていけない私権は全く関係ない。充足する楽しい社会に向かっていることが発見です。
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 改めてBI時代の仲間意識とは何か?
贈与関係もありますが、広く人と人を引き付ける引力の事だと思います。
それが互いの期待や、まさに人の為、世の為 そこに繋がるのではないでしょうか?
そして引力とは皆が広く求めている課題=社会をどうするとか、どうすれば良い社会を作れるか、そこに可能性を求めて集まる追求仲間の事だと思います。
私権社会の人工的な集団から課題を中心とした追求仲間へ、BI時代はそこへ日本人が元々持っている協働精神が開かれていく事を期待しています。

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2020.09.03

縄文体質は未来を拓く~第1回 頻発する自然災害とBI(ベーシックインカム)の相乗効果

ベーシックインカムの社会でどう人々を動かしていくか?これらのキーワードをベースにどう可能性へと繋いでいけるか、多少無理かもと思いつつ、やはり突破口は日本人の持つ本源体質でありそれを産み出す縄文体質である事は直感ではあるが、ほぼ間違いないだろう。~縄文体質は未来を拓く「プロローグ」

 台風9号、10号と立て続けに過去最大級の大型台風が来ている。史上最高の灼熱の今年、おそらく9月、10月の台風のうち、いくつかは上陸し過去最大級の被害を残していくだろう。またこの1年間は過去にないほど地震活動が活発化しており、これもこの半年で大きな地震が日本の一部を廃墟にするだろう。それが都市部に当った場合、壊滅的になる。

江戸時代から明治維新へあまり知られていないが、政治だけでなく、過去最大級の自然災害が毎年のように繰り返された。それは人々の意識を揺らし、不安発から世紀末的な現象も引き起こした。

日本は世界でも有数の災害大国である。しかし裏返せば自然災害に見舞われるたびに、人間の無力を知り、自然に従う、あるいは自然と同化して暮らす事をその道として精神の深部に落とし込んできた。

 この自然災害の頻発化と経済破壊、ベーシックインカムがどう本源性を産み出していくか?そこが追求ポイントである。
2つの投稿をまず紹介したい。

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2020.08.27

縄文ブログが描く未来像~縄文体質は未来を拓く(プロローグ)

コロナの長い自粛と閉塞されたマスクの世界。
人々の意識の中心は感染への恐怖と社会的バッシングだが本当の危機は別の処にある。
マスコミでは殆ど報道していないが、かつてない規模の経済危機だ。

まさに経済自粛で真っ逆さまに国力を閉塞させている現実はもう半年も待たずある日突然やってくる。中小企業の倒産から始まり大企業の連鎖倒産・・・さらに日銀の倒産、株価暴落からハイパーインフレと預金閉鎖、新基軸通貨の発行・・・そして新政府によるベーシックインカム。後1年も猶予のない中これらの混乱はほぼ現実のものとなる。マスコミが保身の為にキャンペーンをしているだけのコロナどころではなくなる。当然マスコミも大半は倒産する。

 そこからは社会ががらりと変わる。

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2020.08.21

日本人にとって神(カミ)とは

宗教といって多くの日本人が思い浮かべるのは「神様」「仏様」だろう。特に「神(カミ)」は仏教伝来前からの信仰対象だ。日本では古代から近代まで神(カミ)はどのように考えられてきたのか。   Godを、日本語では「神」と訳し、カミと発音する。これが間違いのもとかもしれない。God、神、カミ、を別々のものと考えよう。

Godは、一神教の神のこと。世界で一つしかないものだから、英語の習慣で、大文字で書く。小文字でgodと書くと、あっちこっちにいる多神教の神という意味になってしまう。

漢字で神と書くと、中国語の「神」の意味になる。精神、神経という場合は、人間の精神現象という意味。神のような存在も表すが、決してランクの高い存在ではない。いちばんランクの高いものは、天とか上帝とか呼ぶことになっている。

日本古来のカミは、ひとことで言えば、自然現象を人格化したもの。『古事記』『日本書紀』に登場するカミや、神社に祀られるカミはむろんのこと、太陽や月や、風や雨や海や、大きな木や岩や、動植物も人間も、並み外れたものはみな、カミである。江戸時代の国学者・本居宣長はこのように、日本のカミを定義する。彼によると、人間に「あはれ」と感動を与えるものはみな、カミなのだ。

このように考える日本人にとって、この国土は、豊かな自然に恵まれ、至るところにカミが臨在している、カミの国である。

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2020.08.16

2020年上半期ダイジェスト「実現塾で扱われた様々な新認識」

縄文ブログ(通称)の上半期のダイジェストを紹介したい。テーマは「実現塾で扱われた様々な新認識

当ブログの作成者は定期的に開催される実現塾に参加し、そこで得た新しい認識、追求すべきテーマを時々に題材にして紹介している。実現塾は歴史だけでなく、教育問題、経済問題、コロナ禍などの時事問題、金貸しの歴史、サル・人類史、生物史など多岐に渡る。しかしその殆どは我々人類、日本人、今を生きる私たちの課題に繋がっておりこの縄文ブログの追求と重なる。或いは多少無理やりにでも重ねて繋いでいけば、歴史認識に至る。
その意味で歴史を追求するとは過去ではなく今を追求する事に他ならないと感じている。

実現塾での新認識はおそらく書籍やネット記事には殆どない全く新しい認識ばかりであり、その多くは仮設と事実の重ね合わせから生み出された。何よりも次代を読み解くヒントが多く詰まっており、追求を刺激する認識が多くある。

上半期の実現塾から当ブログに紹介した認識

・現生人類はチンパンジーではなくオランウータンから誕生した
・最古の人類は海洋民族でありその移動手段は筏であった
・サルから人類へ、最大の獲得機能は観念原回路
・最古で現在まで続く支配者「奥の院」の出自は海賊
・奥の院と天皇家は繋がっている
・私権社会を作ったのはウバイド人であり灌漑農業がその起源
・人類は寒い北へなぜ、どうやって移動したのか。洞窟伝いに移動した説が有力

以下ダイジェストで紹介したい。

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2020.08.13

縄文人は他のアジア人とは異なり、独自に進化した集団。

縄文人とは、約1万6000年前から約3000年前まで続いた縄文時代に、現在の北海道から沖縄本島にかけて住んでいた人たちを指します。平均身長は男性が160センチ弱、女性は150センチに満たない人が多かった。現代の日本人と比べると背は低いが、がっしりとしており、彫りの深い顔立ちが特徴です。

世界最古級の土器を作り、約5000年前の縄文中期には華麗な装飾をもつ火焔土器を創り出すなど、類を見ない独自の文化を築いたことで世界的にも注目されています。身体的な特徴などから、東南アジアに起源をもつ人びとではないかと考えられてきました。由来を探るため、これまで縄文人のミトコンドリアのDNA解析は行われていましたが、核DNAの解析は技術的に難しかったことから試みられていませんでしたが、福島・三貫地貝塚人骨の核DNA解読に成功し、「縄文人」は、きわめて古い時代に他のアジア人集団から分かれ、独自に進化した特異な集団だったことがわかりました

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2020.08.06

密教~性を肯定視した教え~性を通して宇宙に繋がっている。

空海の持ち込んだ密教は生を徹底的に肯定視した。生きながら仏になるという即身成仏という考え方。
さらに身体性も以下のように肯定視している。
身体性の原理を、はっきり肯定するのである。この身体を除いて、どこにわれわれの住む世界があろう。
またその身体性とは宇宙と同化するのである
密教は偉大なるコスモロジーをもっている。コスモスの中で我々の存在が考えられるのである。
生を肯定視した密教はやはりその後、生の最も究極的な男女の性も肯定視していた。
理趣経という経典の中に以下のような教えが書かれている。
空海が伝えてからかなり後に経典としてまとまったそうだが、的を得ている。
密教の密教(=純教)たる所以とはこの性を肯定視した考え方にあるのかもしれない。
リンクより掲載
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、(五つの根本の知の自他無二平等をあらわす)
性交の妙なる一体感は、いのちのもつ無垢なる知のちからのはたらきである。
<妙適(びょうてき)清浄句是菩薩位>
愛欲のはやる思いも、いのちのもつ無垢なる知のちからのはたらきである。
<慾箭(よくせん)清浄句是菩薩位>
愛撫し合うのも、いのちのもつ無垢なる知のちからのはたらきである。
<觸(しょく)清浄句是菩薩位>
離れたくない愛の縛(しば)りも、いのちのもつ無垢なる知のちからのはたらきである。
<愛縛(あいはく)清浄句是菩提位>
その身のすべてを任(まか)せることも、いのちのもつ無垢なる知のちからのはたらきである。
<一切自在主(いっせいしさいしゅ)清浄句是菩提位>
愛(いと)おしく相手を見ることも、いのちのもつ無垢なる知のちからのはたらきである。
<見(けん)清浄句是菩提位>
交わりの心地好い悦(よろこ)びも、いのちのもつ無垢なる知のちからのはたらきである。
<適悦(てきえつ)清浄句是菩提位>
互いに恋い慕い合うことも、いのちのもつ無垢なる知のちからのはたらきである。
<愛(あい)清浄句是菩提位>
愛の誇(ほこ)り高ぶりも、いのちのもつ無垢なる知のちからのはたらきである。
<慢(まん)清浄句是菩提位>
10その身を美しく飾ることも、いのちのもつ無垢なる知のちからのはたらきである。
<荘嚴(そうげん)清浄句是菩提位>
11満ち足りて、心が愛情でいっぱいに潤(うるお)うことも、いのちのもつ無垢なる知のちからのはたらきである。
<意滋澤(いしたく)清浄句是菩提位>
12満ち足りて、心が光り輝くことも、いのちのもつ無垢なる知のちからのはたらきである。
<光明(こうべい)清浄句是菩提位>
13満ち足りて、充実した身体感覚も、いのちのもつ無垢なる知のちからのはたらきである。
<身楽(しんらく)清浄句是菩提位>
14美しさを愛でることも、いのちのもつ無垢なる知のちからのはたらきである
<色(しょく)清浄句是菩提位>
15心地好い声も、いのちのもつ無垢なる知のちからのはたらきである。
<聲(せい)清浄句是菩提位>
16芳しい香りも、いのちのもつ無垢なる知のちからのはたらきである。
<香(きょう)清浄句是菩提位>
17甘美な味わいも、いのちのもつ無垢なる知のちからのはたらきである。
<味(び)清浄句是菩提位>
 (『理趣経』初段「大楽の法門」金剛サッタの巻:十七の清浄なる生)
生きとし生けるものすべてが分け隔てなく生を楽しんでいる。

この実在する生の世界と、その喜びのすがたにこそ、さとりがあると説く。
理趣経とは・・・。ウィキペディア
この経典は『般若波羅蜜多理趣品』(原タイトルは『百五十頌般若』)とあることから、般若部の経典とされているが、内容的に見れば方等部の密教経典群に位置するという見方もある。理趣とは、道筋の意味であり、「般若の知恵に至るための道筋」の意味である。他の密教の教えが全て修行を前提としている為、専門の僧侶でないと読んでもわからないのに対し、『般若理趣経』は行法についてほとんど触れておらず、一般向けの密教の入門書という位置づけだと考えられている。
「十七清浄句」
真言密教では、「自性清浄」という思想が根本にある。これは天台宗の本覚思想と対比、また同一視されるが、そもそも人間は生まれつき汚れた存在ではないというものである。『理趣経』は、この自性清浄に基づき人間の営みが本来は清浄なものであると述べているのが特徴である。
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密教の曼荼羅は女性原理を表しているとも言われてています。リンク
その根底には世界の女性原理的な実在性、ないしは、その多様な発現に対する信頼がもとになっています。女性的原理の霊力のあらわれである大母神、ないし、その下位のさまざまな神格の崇拝に、ヨーガの実修をもあわせ持たち、これらは多様な土俗的要素を取りこんだ原インド的な実体をもつといわれています。
密教の捉えた性とは生命力であり、宇宙に繋がるエネルギーへの希求だったのかもしれない。
古代宗教が須らく性(=欲望)とは悪しきもの、忌み嫌うもの、また女性とはまともに課題にしてこなかった。近代思想も含めて私権社会のパラダイムとは性も女もとるに足らない問題として捨象してきたことにある。その意味ではこの密教の十七清浄句は一線を画している。真っすぐそこに向かっている。
また、「実現論」の中には同様にこの事を的確に記載されている。
特に深く自戒すべきは、私権時代の男たちである。私権闘争存在たる男は、少なくとも顕在意識においては私権第一・仕事第一と観念しており、それ故に解脱過程を「必要ではあるが不充分なもの」、あるいは単なる発散過程であって「取るに足りないもの」と見做しがちである。従って、性や女についても同様に「不充分なもの」、あるいは「取るに足りないもの」と見做し続けてきた。
現にこれまで、私権時代の男たちは誰一人、性や女の問題を社会構造上の最基底の問題として真っ正面から取り上げ、追求しようとはして来なかった。だが、実は意識下では(=肉体的には)、外圧の低下に即応して、何よりも強く性や女に解脱収束していたのである。
にも拘わらず私権時代の男たちは、男支配の社会に安住し、表面上は性や女を軽視し続けてきた。それが、やがてどのような結末をもたらすことになるかを、この時代の男たちは誰一人気付けなかったのである。
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2020.08.06

縄文人と自然災害~貝塚に見る縄文人の災害意識

今年も長雨と集中豪雨の影響で日本全国で甚大な被害をもたらしました。 近年は毎年、なにがしかの災害に見舞われ、いつどこで起こるかわからない天災に対してさすがに警戒心も高まってきているように思えます。

縄文時代は1万年続いてきたわけですから、そりゃあもうたくさんの自然災害があったと言えます。

遺跡にはしばしば火山灰の堆積層や、土石流などの堆積層があらわれたりします。地震ではっきりと地層がずれていることだってあります。平和に暮らしていたとされる縄文人だって自然には随分悩まされていたのでしょう。

縄文時代は早期。場所は九州南部。この地域はこの頃の縄文文化のトップランナーでした。作られる土器は他のどの地域よりも洗練され、多様で、おしゃれをするためのものも大量に出土しています。しかし今から7300年前、鬼界カルデラの大噴火という九州南方の海域で起きた噴火で、九州どころか西日本の縄文文化は壊滅的なダメージを受けてしまいました。ほとんど全滅といってもいいくらいの破壊だったようです

噴火はもちろん九州だけではありません。東北では十和田火山、もちろん富士山だって何度も噴火しています。そのたびに縄文人はその場を去らなければならなかったのでしょう

それからよく言われるのは津波や河川の氾濫などの水害の対策です。実際東日本大震災ではほとんど100%、太平洋側にたくさんあった縄文時代の貝塚は津波の被害に遭っていません津波の来ない高台を選んで縄文人は集落を形成していたためです。縄文時代の集落のあった場所の地形を見るとほとんど、全くといっていいほど、大きな河川の支流が近くを流れる台地の高台のへりに作られています。これは自然災害を折り込んで集落を作っていたからなんでしょう

縄文ファン https://aomori-jomon.jp/essay/?p=8465より

「縄文時代にも災害はあったのですか」と中学生から質問を受けました。その答えは「もちろんありました」です。  災害といってもいろいろあるのですが、考古学的にわかるものに火事があります。多くの縄文遺跡から、焼け落ちた住居の跡がみつかっています

そして地震。最近は地震考古学という新しい分野が注目されています。地震の証拠である液状化現象や噴砂の跡だけでなく、広い範囲で地割れや地すべりの跡、長い活断層もみつかっています。縄文時代だけでなく歴史時代の記録を参照することで、実証的な成果を挙げています。

地震に関係して津波があります。東日本大震災で大きな被害をうけたことが発掘や研究を進めました。東北地方の太平洋側は古くからたびたび津波に襲われているのですが、青森県の三八地方から福島県にかけての海岸線にある480ヶ所の貝塚を調べた考古学者の岡村道雄さんは、縄文人は津波の怖さを知っていてムラを高い場所に作っていただからあまり被害を受けなかったのだと考えています。

大規模な被害といえば火山があります。 日本では7200年前の鹿児島県の鬼界カルデラの爆発があります。その火山灰は南九州では1m、北九州、瀬戸内海、近畿地方では20cmもの厚さに積もっています。雨にうたれると表面がコンクリートのようにかたまるので、植生が大きく変わったのです。その影響で西日本の縄文社会は力を失ったのだと私は考えています。

火山活動は大陸プレートの動きと関係するので、この時代は東日本でも活発でした。例えば東北では十和田火山の噴火が知られています。ところが、三内丸山遺跡では、噴火によって森が壊され疎林や草原になった環境を利用して社会力を伸ばしていったと辻誠一郎さんは考えています。西と東に見られる地域差は火山噴火の規模によるということもできますが、災害に対処する知恵や技術も重要だったと思います。

災害の被害の大きさは人の集まり方(都市化)にかかっているともいえるでしょう。少人数のグループが物をあまり持たず、住居も簡単である狩猟採集社会は、簡単に移動して難を避けることができます。オーストラリアの中央砂漠で調査をしていた頃、時ならぬ大雨で、近代的な都市アリス・スプリングスは洪水で機能マヒをおこしたのに、周辺に住むアボリジニたちは丘に上ることでらくらくと難を避けたという話を聞きました。電気、水道などのライフラインに象徴されるような文明の利器に囲まれた私たちの生活がはたしてすべてなのかどうか、もう一度考える必要がありそうです。

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貝塚と大津波―縄文に学ぶ未来の景観

貝塚は残った

3月11日、大地震を引き金に東日本の太平洋沿岸を襲った大津波は、津々浦々の美しい村や町を人々の生活とともに呑みこんでいった。 大きな被害を受けた三陸地方の沿岸は、縄文時代の貝塚が多いことでも有名である。宮城県だけでも3百を数える。今回の大津波で、貝塚などの貴重な遺跡もまた、大きな被害を受けたのではないだろうか。私は、じつは、そうではないと思っていた。国土地理院などが公開した津波の浸水域が、貝塚の位置と微妙に食い違っていたのである。実際に、現地を見て回ると、多くの貝塚が津波の被害を免れていた。ある貝塚では復元された竪穴住居の横で自衛隊の人たちがキャンプしていたり、子供たちが遊んでいたりしたのが印象に残っている。

職住分離型の生活

東北地方の貝塚は、およそ5千5百年前から3千年前の縄文中期から晩期にかけてのものが多い。貝塚は、教科書などでは縄文時代のごみ捨て場と紹介されているが、多くの場合、すぐ隣に大きな集落を伴っており、生活の中心になる場所だったと思われる。貝塚に含まれる動物の骨からは、当時の人びとがじつにさまざまなものを食料にしていたことがわかる。魚は、マグロやタイ、イワシなど外洋から内湾のものまで、動物には、イルカなどの海のものから、陸ではシカやイノシシ、クマ、ノウサギ、タヌキにいたるまで幅広く食されていた。宮城県の松島湾は、複雑に入り組んだ海岸線と島々で独特の美しい風景が広がり、日本三景のひとつに数えられているが、この地形が、縄文時代以来のものであることはあまり知られていない。縄文時代中ごろの日本の海岸線は、今よりも3~5メートル高く、内陸深く入り込んでいた。しかし、松島湾周辺では地盤が縄文時代以降、海と同じペースで沈んでいったため、当時の海岸線がほぼそのまま残っている。ここにも、貝塚が数多く、70個あまりが知られている。これらの遺跡は、海岸線にほとんど接しているように見える。しかし、実際は標高15~30メートルの高台にあり、被害を受けずにすんだ。このように、当時の集落の大半はいわば海と山の接点にあって、調査しても災害の形跡が見当たらない場合が多い。人が住んだ場所には、必ず何かの痕跡が残るもので、津波を受けなかった集落だけが今まで残ったわけではない。それでは、なぜ貝塚は被災を免れたのだろうか。 私は、その秘密が当時の生き方にあるのではないかと考えている。狩猟や漁労、木の実の採集など、自然の資源にそのまま依存して生きた人びとは、じつにさまざまな環境を利用していた。効率良く食べ物を集めるために、海にも山にもどちらにも行きやすい場所。それが、貝塚が高台に作られた理由なのではないだろうか。多様な環境を、いわば「広く薄く」利用していたために、津波や山崩れなど特定の場所をおそう災害から逃れられたのではないか。 一方、弥生時代より後になると、遺跡に災害の痕跡が目立つようになる。例えば、内陸に4キロメートルの場所にある仙台市の沓形(くつかた)遺跡では、今回、すぐそばにある高速道路が防波堤になったおかげでかろうじて被害を受けなかった。しかし最近の調査では、およそ2千年前の大津波によって水田が断絶し、以後4百年にわたって人が住まなかったことがわかっている農耕中心の生活が始まると、水田などの耕作適地に集中的に投資が行われ、特定の環境を「狭く濃く」利用するようになった。生活の中心と仕事場は同じ場所に営まれ、生産の効率は上がり、人口も増えたかわりに、災害に見舞われるとすべてを失う弱さをかかえるようになったのである。特定の土地に執着するため、何度も同じ災害にあう傾向も生まれた。

人間の限界を認識する

縄文時代と弥生時代とでは、自然観が大きく違うと考えている。縄文人は、人と自然とを切り離さず、人の力が及ばない領域(あの世)を強く意識していた。人も食べ物も、「あの世」から訪れた客人であり、それぞれの役割を終えた後に、再び「あの世」に戻っていく。その客人を精一杯もてなし、にぎやかに送り出すとともに、再来を願う儀式が行われた場所こそが、貝塚だったのではないか。貝塚には、人も埋葬されている。集落にほど近い場所でこのような営みが繰り返されたからこそ、大きな塚となって残ったのである。弥生時代以降は、自分たちの管理下にある領域を自然からはっきりと区別するようになった。自分たちで食料を栽培し、自分たちで自然を変えることができる、そう思い込むようになったのではないか。 今の日本人の生き方は、弥生時代に近いようだ弥生人が稲作に適した低い土地に集中し、自然を切り開いていったように、現代人も、仕事に通いやすい、便利な場所に人が集中し、極端な自然開発をおしすすめてきた。被災地の人たちが、もとの暮らしを取り戻したいと考えるのは当然のことである。しかし、悲劇を繰り返さないように、今後の地域のデザインを考えていく必要があるだろう。歴史のかなたに埋もれていると思われている縄文人だが、彼らの「広く薄く」環境を利用する営み働く場所と住む場所を切り離す一方、自然からくらしを切り離さないという思想に学ぶところは多いのではないか。 今回の災害は、千年に一度のものといわれている。悲しみを乗り越え、長い目で地に足のついた景観を作り上げていくために、歴史を見渡して、遠い先人たちの知恵を活かすことが、今こそ必要になっているのではないだろうか。

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posted by tanog at : 2020年08月06日 | コメント (0件) | トラックバック (0) List