2006年11月17日
中国・朝鮮から日本への渡来ルートを探る

縄文から弥生にかけて、大陸の人が東シナ海や朝鮮ルートを通って九州北部に渡来してきた。その後、縄文人と混血したり戦争を通じて国家統一を成し遂げた、というのが定説になっているようですが、「「新しい日本の歴史」
にこれと違う見解が書かれていましたので紹介します。
>丹後半島の中国人 その2
中国人が九州にいっぱいやって来たことは、書きました。九州に限らず、日本海の各地には流れ着いたと思います。韓国から九州に直接来ることは相当エネルギーが必要です。中国の福建省あたりを出発しますと九州に到達します。韓国辺りを出発すると島根半島から丹後半島の間と思います。
魏志倭人伝に倭国の国々の名前が挙げられています。九州の末盧国から始めますから、日本史は訳の解らないものになりました。やはり、松江に最初に着いたことにすれば、邪馬台国は吉備の辺りになります。
であれば、出雲や丹後半島の伝説でよく知られる
イザナギノミコトや天照大神系の人たちは朝鮮から渡来、
九州北部に到達した人たちは中国南部から渡来、
ということになりますが、実際どうなんでしょうか?
ここで、海流と渡航ルートの関係について少し詳しく調べてみた。
リンクより以下引用
>日本の近海で有名な暖流といえば「黒潮」があります。海の水が黒っぽい濃い青色をしているので黒潮と呼ばれています。世界でも最大級の強い流れの海流として知られ、北大西洋の湾流とともに世界2大潮流のひとつです。海水表面の速さは毎秒2mをこえるほどで、時速になおせば7.2km、小走りするぐらいの速さになります。
この黒潮の最大の分流として、対馬海流があります。対馬海流は沖縄の近くで黒潮から分かれ、対馬海峡をとおって日本海へ入ります。山陰沖、能登沖で大きくうねりながら、一部は津軽海峡をぬけて太平洋へ出ていきます。
ところで、海流の性質として、流れからはみだして陸地に向かって反転する流れがあります。これが、本流は北に流れているのに、漂着物が途中の陸地に流れ着く大きな原因なのです。特に海に突き出た半島の手前では、反転が起こりやすいといわれています。
つまり、島根半島や丹後半島の影響で、本流からそれて反転した海流に乗って漂着物は流れ着くのです。これを航海術に応用したのが、目的地近くまでは本流の速い流れに乗って一気に行き、目的地の目印を見つけると反転する流れに乗って陸地に近づく方法です。
また、台湾から九州南部を流れる黒潮(図中①)の流れに乗ると、九州北部の熊本や長崎あたりに到着しそうだ!
また、縄文人が日本にたどり着いた経路からしても、大陸人の渡航ルートとしてはかなり信憑性が高いのではないかとも思う。
以下、るいネットより引用
>> ■5.【2.5万年前】朝鮮半島を一旦南下し、半島南岸部から対馬を経由して本州、山陰地方沿岸部へ辿り着く。(後の弥生人の大量渡来と同じルート?)
>これについても、それとは別に南方から海流を伝って来た人たちもいたと考えられています。鹿児島にある上野原遺跡は9500年前の遺跡ですが、そこから出る土器や石器には、南方系の特徴がはっきりと残っているようで、例えば石を磨いてつくった彫刻刀のような磨製石斧の丸ノミ。彼らはこの磨製石斧の石ノミで丸木船を造り、黒潮に乗って鹿児島にやってきた。沖縄では港川人という人骨が発見されていますが、同じような磨製石斧が一緒に出土していたようです。
by おおしま
投稿者 postgre : 2006年11月17日 22:00
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コメント
そっかぁ。流れで見るのか。
大陸からの日本上陸ルートは、朝鮮半島から九州に至るルートが地図上では最短だから、何の疑問もなく受け入れていたんだけど、潮流に逆らって進むのは確かに難しそうですねぇ。
流れにうまく乗って上陸したと考えるのは、確かにしっくりきますね。
投稿者 まえやん : 2006年11月18日 21:39
日本地図をよく見てもらえればわかると思いますが、玄界灘はものすごく狭い。太平洋の大量の海水の流れが玄界灘にぶつかり、日本海に流れ込みます。流れはまさに渦潮で有名な鳴門海峡並だと言われています。
当然航海は危険を伴い、朝鮮半島から日本列島への大量航海は思っているより難儀なものらしいです。
まさに目的には到着せず大きく流れて島根県や福井、石川へ漂着したのでしょう。
その意味では玄界灘という特殊な地形が偶然にも日本を大陸から侵略を守ってきた最大の理由と言えるのではないでしょうか?
投稿者 tano : 2006年11月19日 02:52
少し前、ニュースで、韓国からのゴミが福井や石川の海岸に大量に漂着し困っていることを知りました。これも海流のいたずらと言うことでしたが、この海流の不思議な流れを古代人が知っていたのか、それとも偶然なのか?そこが知りたいですね。
投稿者 dokidoki : 2006年12月07日 22:39
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