2006年12月24日
神々はついに人間と同じになった!?
神々に対する信仰の変遷を見てゆく中で、私もメソポタミアの神話を調べています。もともと崇め敬う存在だった神様が、いつしか人間と同じように扱われていく様はたいへん興味があります。
今日はそんな中から、ついに神と同等の立場に立った人間の事例を紹介します。

BC4~5000年前のアッカド王朝時代は、既に「王=神である」と考えられていたようです。
それを示す事例が上の写真ですね。
南風博物館に紹介されている解説によると、
彼は勝利した後、大地を埋めつくす敵軍および自軍の戦死体をうしろに残し、角のついた神のかぶとをかぶって山の頂上に登り、星に顔を向けているという図柄である。そこにはすでに神となったナラム・シン自身が星と対話し、真の支配者となったことが誇らしげに示されている。
だそうです。
神を示す「角の付いた兜」、本来崇める存在であった「神=星と対等に話す」、これ以上高みの存在はいないと言わんばかりの「山の頂上という位置」。
どれをとっても自分が人々の頂点に立つ存在=神そのものであるといっているわけです。
こういう状況は、既に神とは頼る存在だとか守ってくれる存在だという意識はなくなっているということでしょうか。この辺はおって調査して報告したいと思います。
投稿者 saah : 2006年12月24日 10:00 Tweet
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コメント
近代でも王権神授説がありましたが、周りの人々がそれを認めていく意識になるのが鍵ですね。
支配層間で、力関係を認める代わりに、下層に対してより支配層を磐石にするために共謀し、王=神を演出したのではないでしょうか。
投稿者 Hiroshi : 2006年12月26日 00:23
>彼は勝利した後、大地を埋めつくす敵軍および自軍の戦死体をうしろに残し、角のついた神のかぶとをかぶって山の頂上に登り、星に顔を向けているという図柄である。そこにはすでに神となったナラム・シン自身が星と対話し、真の支配者となったことが誇らしげに示されている。<
力の大きさをみせつけるところがモノをいう武力闘争の時代だからこその力の大きさを示す方法だったのでしょうが、狂ってるとしか思えないような感じですね・・・と引いてしまうのは現代人の感覚だからでしょうか。。
正義の戦いをおしつけようとするアメリカのスタンスに近いものを感じてしまうかも(><)
投稿者 bunchan : 2006年12月28日 02:18
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