2007年01月14日
神々の変遷~自然神・・・水の神”龍”
http://astro.ysc.go.jp/izumo/dragon.html#sento自然神の中でも水の神
とされる”龍”は、ちょっと変わった位置付けの神であるようです。
世界の各地に”龍”伝説がありますが、その姿や、位置づけなど、様々です。
しかも「水の神」=自然神でありながら、時と所を変えると、龍=皇帝の意味に使われたりしています。
今日はその中から代表的な”龍”を紹介したいと思います。
お急ぎ
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まずは"龍"といえばやはり中国でしょうか。

龍は古くから中華民族と中国文化の象徴であるといわれてきました。龍は中国人の祖先が考え出した自然神だと考えられます。雲が集まり雨が降りという自然現象の中に現れる「稲妻」の形象と、その「稲妻」によって得られた霊感であるともいわれています。原始時代の人々は自然の現象に興味と恐れを抱き、その中から龍という創造の動物を作り上げ、崇拝してきたようです。
http://fine.tok2.com/home/pengzi/01/zglong2.htm
このようにかなり古くから崇拝されていたようですが、更に中国においては「皇帝」のことをも意味していますね。
竜を描く場合、国によって指の本数が決まっていた。最高位である5本の指の竜(五爪の竜)は、中国での作品のみに見られる。四爪の竜は、朝鮮など近隣諸国の中で特に中国に近い国で描かれていた。最後に三爪の竜は近隣諸国の中でもやや遠くにある国(日本など)で描かれていた。本稿に掲載されている画像も日本で描かれたものであるため三爪である。五爪の竜は中国の皇帝しか使うことが出来ず、一説によるとこれは中華思想が元にあり、皇帝の威厳を保つ役割もあったとされる。
(ウキペディアより)
確かに実際に日本で書かれている龍の絵
を見ると爪の数は3本ですね。

これらの様子から、古代中国において、初めは純粋に水を自由に操る神として崇拝されていたものが、やがていつの間にかその自然を自由に扱う神秘な力を持った存在が、民を自由に支配する皇帝の呼称になり、メソポタミアにおける、王=神であるという意識と同じ扱いになっています。
やはり同じように崇め祭る存在であった神=龍が、力のシンボルとして利用されていく過程は東洋でも同じであったようです。
投稿者 saah : 2007年01月14日 12:00
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コメント
こんにちは
ひとつ気になる記述があったので、ぶしつけながらコメントさせていただきます。
龍が皇帝の象徴であるのは、自然を自由に扱うこと=民衆を自由に支配することというように書かれていますが、古代において、統治には治水が不可欠であり、言い換えると、水を治めて、民衆のくらしを安定させるものが、統治者で、つまり、水を治めるもののシンボルとして、水神である龍が用いられたという説がありますよ。民=自然として皇帝=龍とするには飛躍がありすぎるように思います。
さらに言いますと、中国でも龍を皇帝の象徴とするのは北方系(黄河流域)で、南方系(揚子江流域)の王朝では朱雀を皇帝の象徴としていました。後代になって、北方系王朝が勢力を拡大して行くにしたがって朱雀の扱いは変わっていったと聞きました。
黄河流域では、気候の問題もあり、特に治水が農作などで重要であったこともあり、水神=龍を重要視していたそうです。
学生時代に研究室で酒の肴に先生方に聞いた話で、「なぜ南方系王朝の象徴は朱雀なのか」や、出典など重要な部分があやふやで申し訳ありません。
広く知られた説のようですので、中国古代文化関連の書物をあたれば、すぐに見つかると思いますよ。
投稿者 おせっかいばば : 2008年10月01日 03:55
こんにちは
さきほどのコメントに誤りがありましたので、訂正いたします。
南方系王朝の象徴は「鳳凰」でした。
朱雀て…。恥ずかしい…。
失礼しました。
投稿者 おせっかいばば : 2008年10月01日 04:31
「おせっかいぱぱ」さん、こんにちは。だいぶ前の記事でしたがコメントありがとうございます
王朝の象徴に関して諸説あるのは確かなようですが、中国北方系王朝の象徴が「龍」で、南方系王朝の象徴が「鳳凰」という件についてさっそく私も調べてみました。
その違いはどうも中国の古代思想である「五行思想」に基づくものではないかという説が有力な気がします。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%94%E8%A1%8C%E6%80%9D%E6%83%B3
五行思想によれば、五行(木、火、土、金、水)はそれぞれ方位とも関連付けられており、水は北を、火は南を表すとされています。、よってそれぞれ水の精=龍、火の精=鳳凰がその地を治めるものの象徴となったのでしょう。
ところで、水や火といった自然現象を治める存在=精霊の存在を信じる考え(=精霊信仰)は、自然に対する畏怖の念と、自然への同化によって作られるものですが、これが王家や王自身の象徴になること自体が、権力者によって自分自身を神格化し、権威付けの為に利用したといえるのではないでしょうか。(そうでなければ、なぜ自然の神を自分自身と同じものとみなす必要があるのでしょうか)
ちょうどこの記事をアップした当時、当ブログでもメソポタミアにおいて同じような王の神格化→王の権威化の話題で賑わっていたので、通じるところがあると思いました。
このように、歴史で語られていることを別の視点で見てみると(=どう考えると論理的に繋がるか?)、以外に常識と思っていたこととは違った事実が見えてきますね。その為にももちろんそれが正しいのかどうかを検証する為に、みんなでどんどん新しい事象や意見を出していければいいと思います。
これからも遠慮なくいろんな意見を書き込んでください。
投稿者 saah : 2008年10月02日 21:50
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