2007年01月12日

縄文時代の贈与・交易は寒冷化を生き延びるため?

今晩は、さーねです。今日は縄文です Wink
まずは、改めて、縄文で追究していく課題を確認 Razz

今年の「縄文ー古代ブログ」を振り返って

tanoさんのこの課題整理で♪非常にわかりやすい!再度、抜けている部分や真相を明らかにしていきましょう!ということで、まだ追究されていない縄文時代の贈与・交易について調べてみました。

やはり、人口が最も増加しながらも、寒冷化という外圧に直面した縄文中期以降に発達したのではないでしょうか?
寒冷化という外圧に再度直面し、みんなが生き延びるためには?⇒他の集団の良いところを取り入れよう!という意識になったのではないでしょうか m050

clip_image011.jpg
出土したヒスイ⇒祭りのための装飾品 m052 精霊が宿るお守り m052

以上のような仮説を立てながら、関係する史実を追ってみました。考古学や人類学上の資料も、やはり人々の意識と合わせて考えるとより生きてきますねー Surprised

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①外圧状況(このブログとhttp://www.rui.jp/より)

縄文時代の海水面、気候変動グラフ
縄文時代の気候状況
縄文基礎情報/人口分布

⇒中期が最も人口増。集団同士が接触する可能性が最も高い⇒贈与・交易が行われる可能性が高い。一方で、既に寒冷化が始まっている中で、集団規模も増加していたと思われます。

②集団間の贈与・交易がされたと思われる出土品は、概ね以下だと思われます。

ブナ林と古代史~人の移動と交易より

●黒曜石でつくられた石器
→狩猟・採取に必要な道具
●遠くから運ばれた土器
→食生活や祭りに必要な道具
●ヒスイの広がり
→祭りや服飾に必要な道具
●天然アスファルトの利用
→接着剤
●丸木舟の発見
→漁労や海上交易に必要な道具

⇒どれも、生活に「必要」であるモノの流通と同時に、漁労・狩猟・採取・祭りの方法論に関しても交流があったのではないでしょうか?だからこそ、他地域の出土品が発掘されたりするのではないでしょうか m050

③贈与から交易へ

『贈与』という同類間の緊張緩和システム

⇒上記は、遊牧&牧畜集団での仮説ですが、初めて集団同士が接触した時点では「贈与」。その後、元々共同体的資質が高い縄文人達は、外圧状況⇒交流の必要性から「お互い助け合おう」「他の集団の良いところを取り入れよう」という意識になったのではないでしょうか m050

それでも、中期以降は人口が激減していきます。それくらい厳しい外圧の中で、縄文の贈与・交易は、必要性を感じた人々の意識がつくりだしたものではないでしょうか m050

投稿者 sawatan : 2007年01月12日 19:00

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コメント

自然外圧が高まると⇒集団拡大⇒贈与・交易が始まるという説ですが無理があるように思います。

やはりここはこれまでのるいネットでの議論を踏襲し以下のように修正しておきたいです。
自然外圧の低下⇒集団の拡大⇒集団の近接・接触⇒同類圧力の高まり⇒緊張緩和の必要性から贈与・交換システムの確立

従って最も贈与システムとして機能していた時代が三内丸山の最盛期である縄文中期という事になります。この時期は気候の安定期に当たり、集団規模が一気に拡大します。その中で翡翠、黒曜石はその中心物でありました。

調べるとしたらどこで採れて黒曜石は何に使われたのか?翡翠は何に、誰に贈られたのか?その辺の資料及びるいネット投稿の紹介をお願いします。

投稿者 tano : 2007年01月13日 13:24

>自然外圧の低下⇒集団の拡大⇒集団の近接・接触⇒同類圧力の高まり⇒緊張緩和の必要性から贈与・交換システムの確立

同類圧力という視点が抜けていました^^;

次回調べてみますm(__)m


投稿者 さーね : 2007年01月13日 21:28

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