2007年01月25日
縄文の食料庫・どんぐり
今では殆ど食用にすることは無くなりましたが、縄文人の1万年に渡る食生活を支えたのは、でんぷん質に富むどんぐりと言われています。
<どんぐりとは、ブナ科という大きなグループのうち、コナラ属、シイ属、マテバシイ属に入れられる植物
の果実のことです>http://www.rekihaku.ac.jp/kodomo/5/tayori22.html
しかし、「どんぐり」と一言で言っても下の絵のように、その種類は20種類に及ぶそうです。

<日本列島のどこででも取れるドングリは、食料としてたいへん重要なものでした。縄文時代の遺跡から見つかるたくさんのドングリの皮(果皮)の廃棄物は、そのことをよく物語っています。また、遺跡の周辺の水はけの悪いところには、ドングリがぎっしり詰まった穴が発見されることもしばしばです。ドングリ・ピットと呼ばれたりします。ドングリを貯蔵していたという人や、水であく抜きをしたという人、さらにあく抜きをするために地中で泥による発酵をさせたという人もいます。いずれにしても、ドングリを食料としていたことは間違いありません。>
<縄文時代をとおして見ると、クリとその他のドングリが見つかる遺跡はたいへん多いのです。日本列島のどこにでもドングリをつけるブナ科の植物が生育していたことは、ここで育まれた生活文化の歴史や他の文化にはない特異性を考えるときに重要なことがわかります。クリやシイの仲間はそのまま煮ても焼いてもおいしく食べられますが、コナラやミズナラ、カシの仲間の多くはあく抜きをしなくては食べられません。あく抜きといった独特の技術も、ドングリをもつ風土から誕生したと言えるのです。>
http://www.rekihaku.ac.jp/kodomo/5/tayori80.html
一方、現在も頻繁に食用されているクリも、縄文のころからの貴重な食料であり、建築材料であり、燃料でした。
<ところでクリは、日本の歴史をかたるとき、文句なしに重要な植物でした。青森の三内丸山遺跡では、今から6千年の前の縄文時代前期から、クリはたいへん重要な植物でした。食料としてだけではありません。建築材や土木工事に使う杭、さらに舟の櫂(かい)にいたるまで、クリの木材はさまざまな用途に使われていました。三内丸山遺跡が保存されるきっかけになった直径1メートルを越える巨木からなる掘っ建て柱は、すべてクリの木材からできていました。>
http://www.rekihaku.ac.jp/kodomo/5/tayori40.html
食料のみではなく生活全般を支えた、どんぐりやクリを定期的に供給する照葉樹林という植生抜きには縄文時代は成立し無かったことが分かります。
また、そのままでは食べられない種類も、あく抜きという工夫思考をめぐらすことで、食料に換えてきた先人の、飽くなき知恵に敬服します。
投稿者 ryujin : 2007年01月25日 21:37
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コメント
りゅうじんさん!
クリもドングリも落葉樹系です。(ウィキペディアさんは照葉樹系と落葉樹系の両方にあると書いて有りますが、ドングリはやはり落葉樹の代名詞だと思います。)
>ドングリ(団栗)はブナ科のクヌギ・カシ・ナラ・カシワなどの果実(正確には種子ではない)の総称で、狭義にはクヌギの果実を指す。ドングリを作るブナ科植物は、暖帯から温帯にかけての森林では、どこでも主要な構成樹種である。
暖帯では常緑のシイ・カシ類が照葉樹林の主要構成樹種であり、温帯ではブナ・ミズナラなどが落葉広葉樹林の中で占める割合が大きい。(ウィキペディア)
投稿者 tano : 2007年01月26日 00:35
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