2007年02月21日

貨幣もバイリンガル?!

こんばんは m017  みつこ Very Happy です。
さーねさんの記事『殷(商)王朝~貝貨という幻想』とても興味深かったです。
で、貨幣についてあれこれネットサーフィンしていたら、同じ参考HP m108 で面白い記事を発見しました!

先日のなんでや劇場で「王様交易(大遠征交易)」と名づけられた、古代交易の代表格シルクロードにまつわる貨幣です!

シルクロードのどのあたりかって言いますと、、、、
このあたり m118 m118 m118
E06map05.jpg

どんな貨幣~ m050 って思った方はポチっと応援の後、読んでね。
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一つ目は、
紀元前3~1世紀ころ、先ほどの地図のアフガニスタン東北部とパキスタン北部の辺りにグレコ・バクトリア王国とか、インド・グリーク王国とか呼ばれる国がありまして、この国は、ギリシャ人の王がその土地の民族を支配する国だったんですが、そこで使われていた?貨幣です。
(お写真と解説はコインの散歩道さんよりいただきました。ありがとうございます。)

m213 アポロドトス1世の銅貨
E06K.jpg
160-150BCころのインド・グリークの王です。
表:象と、周りにギリシャ文字。
  BAΣIΛEΩΣ AΠOMOΔOTOY ΣΩTHPOΣ(救世者アポロドース王の)
裏:こぶ牛と、周りにカロシュティー文字。
1.4g 16.1×14.3mm

m212 ヘルマイオス王のテトラドラクマ銀貨
E06H.jpg
40-1BCころのインド・グリークの王です。
表:王の肖像と、周りにギリシャ文字。
  BAΣIΛEΩΣ ΣΩHPOΣ EPMAIY(救世主ヘルマイオス王の)
裏:ゼウスの像と、周りにカロシュティー文字。
7.2g 25.5mm

「カロシュティー文字」とは m052  
紀元前3世紀ころ北インドで発生し、アショーカ大王の国の公用文字。 その後西域に伝えられ、紀元後4世紀ころまで使用されていました。

二つ目は、
やや時代が下って紀元2世紀後半~3世紀に流通したとされる貨幣
20世紀の初頭、タクラマカン砂漠のオアシス都市ホータン(ホータン(干闐)、現在の和田)で漢字とカロシュティー文字が併記されているコインが、西域を探検した英国のスタインによって、発見されます。

m213 ホータンの二十四銖銅貨
E06hon.jpg
実物にはお目にかかったことがありません。『収集』1999年1月号より転載しました。
表は、馬とその周りにカロシュティー文字、
裏は、漢字で「重廿四銖銅銭」と書かれています。
平均13g

m213 ホータンの六銖銅貨(馬)
E06A.jpg
表は、馬とその周りにカロシュティー文字?
裏は、漢字? 「六銖錢」と書いているはずですが、一部分のみがかすかに感じられる程度です。
3.1g 縦19.3mm


m212 m213 m212 m213 引用終わり m212 m213 m212 m213

ギリシャ文字(表)とカロシュティー文字(裏)の貨幣
カロシュティー文字(表)と漢字(裏)の貨幣

すごーい Shocked  確かに交易があった証ですねー。

でも、不思議です Rolling Eyes
今だったら、違う貨幣が出会ったら、1ドル=100円とかって交換相場ができるんだけど、当時は使う人が使いやすいように2ヶ国語を載せとけっってなわけで、こういう貨幣ができたんですよね~。

うーん、ということは、古代の交易はあくまで商人の活動どまりで、まだまだ国と国との正式な?交易ではなかったなーんてことも示してたりするのかな?

そう思ったのも、、、
ギリシャ文字(表)とカロシュティー文字(裏)との関係は、支配者と被支配者の関係だったようなので、そうだよなーって思ったのですが、カロシュティー文字(表)と漢字(裏)ってどうなん?って思っちゃったんですよね。(なんとなく、表って力が強いほうじゃないですか m108

中国は帝国で力が強いはず!っていうのが思い込みかもしれませんが。 m109
でも、当時ホータンは、中国の王朝 m261 が特に欲していた「玉」 m262 の生産地だったらしく、ホータンから玉 m262 が中国へ、中国からその見返りに絹 m276 が流れたらしいのです。で、ホータンはその絹 m276 をさらに西(ギリシャやローマ?)に流して、大もうけしたらしい。
そのあたりの関係もあるのかもしれませんねぇ。

以上、思いつくままの気ままな記事でした m103
読んでくれてありがとうございます。
何かこの辺り、ご存知の方おられましたら、ぜひコメントください m101

投稿者 mituko : 2007年02月21日 01:17

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コメント

こんばんは、
ギリシャ人の王の国がこんなところにあったのですね。(おそらく前のアレクサンダー大王の時代の勢力が残っていたのでしょうか?)
この時代、漢と匈奴が激しい攻防を繰り広げてました。漢は、匈奴の収入源である交易ルートを押えるために西へ西へと勢力を拡大していったようです。挿入してくれた地図見るとよく分かります。
バクトリア王国で漢の文字が記入されているのも、遊牧民とか介さずに直接取引きしたい意思の現われかもしれませんね。


投稿者 Hiroshi : 2007年02月21日 22:21

みつこさん今晩は!

なるほど♪貨幣の歴史。その貨幣の文字を追うと、当時の交易の状況がよくわかりますね^^♪

特に、まだ支配,被支配が残っていた中での交易という点で注目ですねー!!

やっぱり、おこぼれに預かる商人はいたんだ!

市場にまつわるネタをどんどん追って肉付けしていきましょうー!

投稿者 さーね : 2007年02月22日 01:38

Hiroshiさん、さーねさん、コメントありがとうございます。

なるほどぉ(@0@、私少し勘違いしてたかも。
この文字は、商人の自在な活動を示しているのかと思ったのですが、それは早とちりかも。

>バクトリア王国で漢の文字が記入されているのも、遊牧民とか介さずに直接取引きしたい意思の現われかもしれませんね。(Hiroshiさん)

>まだ支配,被支配が残っていた中での交易という点で注目ですねー!!(さーねさん)

なるほど、なるほど。
そうか、古代の方が商人の介入度(力?)はまだまだ低いんだっ!(そういえば、、、貨幣って国が発行するもんですよね(^^;)
当時はどちらかというと、王様の鶴の一声で交易(吸い上げ)が行われていた感じなのかもしれませんね。

うーん。時代背景をしっかり捉えないと、思わぬ解釈しちゃいますねー。ありがとうございました!

>市場にまつわるネタをどんどん追って肉付けしていきましょうー!

はーい (^^)ゝ
がんばりまっす☆ これからもよろしくお願いします。

投稿者 みつこ : 2007年02月24日 14:36

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