2007年04月06日

日本語はもっとも自然に近い発音を持つ言語

日本語がなぜ難しいのか?なぜ日本人は漢字をカナに変えて理解しようとしたのか・・・。
そのヒントを見つけました。耳鼻科医師の角田忠信『日本人の脳』の中に書かれています。

日本人は音の処理を、西欧人を始め、他の民族とは全く異なる音声処理を行っている。 虫の声・せせらぎ・潮騒(しおざい)・雨音などを、ほとんどの民族が右脳で雑音として処理するものを、日本人は左脳でそれぞれの音や声として処理しているというのだ。 日本語に多い「擬態語・擬音語」は、自然の音や、音を持たない動作などを独特の音として表現するものだが、それは「日本語がもっとも自然に近い発音を持つ言語だからだ」

右脳は感性を左脳は理性を支配すると言われている。そして人は、言葉の中で、必要に応じて右脳と左脳を使い分けているのだという。角田が謂う日本人とそれ以外の民族との差異はかくも大きい。

我々の先祖は、古来よりの言語を継続して使い続けてきた。この事実は、逆に弥生の民がいつしか縄文の民に吸収され同化していったことを示している。そして時代に即応して変化を続けながらも、今に至っても他国とは全く異質な、自然に同化した言語を使い続けていることがはっきりしてきた

角田氏の衝撃的な分析はストンと納得がいく。なぜ縄文人が弥生文化に支配されなかったのかの重要なヒントにもなる。以下、中村忠之先生の縄文ブログで扱っていた全文を紹介します。

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<聴覚と視覚から見た日本語>  

角田忠信『日本人の脳』は、聴覚を通じて右脳と左脳というそれぞれ違った脳の働きを探ることで、世界中の人たちとは全く異なった日本人の独特な性情について、興味ある考察を行っている。氏は本来耳鼻科の学究だが、その研究過程で日本人は音の処理を、西欧人を始め、他の民族とは全く異なる音声処理を行っていることに気付く。

 たとえば、虫の声・せせらぎ・潮騒(しおざい)・雨音などを、ほとんどの民族が右脳で雑音として処理するものを、日本人は左脳でそれぞれの音や声として処理しているというのだ。しかもこの能力は6歳くらいまで日本で過ごした人は、外人であっても取得する反面、日本人でも6歳くらいまで外国で過ごした者には、雑音としか聞き取れないのだという。

 角田は、そうした違いを生むのは、日本人の話す言葉に大きく影響されることを突き止める。日本語は全ての子音の後に必ず母音を伴う言語である。たとえば印欧語族など、子音と母音が明確に分離した言語の場合、子音は左脳母音は右脳で処理されるところ、日本語では全て左脳で処理されるという。この差が虫の声やせせらぎ・雨音などを聞き分けの差になっているのだと角田は謂う。

日本語に多い「擬態語・擬音語」は、自然の音や、音を持たない動作などを独特の音として表現するものだが、たとえば日本人は、西洋音楽は右脳で捉えるものの、それぞれ擬音として表現している琴・三味線・笛の音など邦楽は、すべて左脳で捉えていると指摘している。こうした日本に近い言葉と感覚は、わずかにポリネシアの人たちくらいに見られるというのだが、角田はそれを「日本語がもっとも自然に近い発音を持つ言語だからだ」と定義する。

 約3000年前日本の地に、大陸より弥生の民が金属器と水田稲作を携えて渡来した。縄文の民は、彼ら弥生人に支配されたと言われてきたが、ならば我々は外来の言葉を話さなければ為らないはずだ。このことは、ポルトガル・スペインに征服された中南米の民が、ポルトガル・スペインの言葉を話すことを見れば明白である。

 ところが我々の先祖は、古来よりの言語を継続して使い続けてきた。この事実は、逆に弥生の民がいつしか縄文の民に吸収され同化していったことを示している。そして時代に即応して変化を続けながらも、今に至っても他国とは全く異質な、自然に同化した言語を使い続けていることがはっきりしてきた。

 ご存じのように、右脳は感性を左脳は理性を支配すると言われている。そして人は、言葉の中で、必要に応じて右脳と左脳を使い分けているのだという。角田が謂う日本人とそれ以外の民族との差異はかくも大きい。たとえば「日本人は外国語習得を最も不得意とする民族である」と言われている理
由も、その原因は案外ここらあたりにあったと見ることが出来よう。

 さて、角田の脳へのアプローチは「聴覚」であるが、一方ハイブリッド日本文字へのアプローチは当然「視覚」からということになる。日本文字の内漢字はイメージとして右脳で処理され、かな(カナ)やローマ字や外国語の場合は左脳で処理される。

 もし日本の文字がすべて仮名=かな・カナ、あるいはローマ字になった場合は、一度すべて左脳に送られた後必要な部分は再び右脳に送られてイメージとして認識されることになる。同音異語の多い日本語の場合、何度か脳内で反芻された後ようやく正しい認識となって意味が読み取れることになる。

 この「漢字と仮名」と「仮名かローマ字」という2つのケースの認識スピードを比較だが、かつて東京電気大学とNTTのグループが比較実験によって得た実証によると、この両者の間には大きな差が生じたという結論を出している。その理由として、「(表意文字である)漢字は後頭部の視覚野で反応し、(表音文字の)仮名は、話し言葉を聞いて理解する左脳の後言語野で認識される。漢字の場合は音声化段階を省略する分認識が早く、仮名よりも3倍も早く認識できる」と謂う。

 印欧語族圏の人たちに比べて日本人の読書率が高いことは、こうした理由があるからかもしれない。加えて日本語優位性を挙げるならば、

1.知能開発機能(漢字を覚えることで知能が向上する)

2.識字率向上機能(仮名から始めて、すこしずつ漢字を覚えることが可能)

3.少ない発音機能 (同音異語が多すぎる欠点はあれ、覚えやすい長所がある)

4.造語機能(明治維新時、無数の二字熟語を創ったように、簡単に新しい言葉を創ることが可能であり、今も続々と続いている)
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以上 縄文ブログより抜粋しました。
さらさら、ひゅうひゅう、しんしん、ざーざー・・・これら自然の擬態語を持つ日本語はめずらしいようです。
また、誰もがその擬態語で対象を同じようにイメージする事ができます。
よく外国人とコミュニケーションがとりずらいというのも同じ言葉でも彼らと使っている脳の部分がことなるからなんでしょう。

>自然=外圧を対象化しつづけて弓矢の発明まで至った原始人類は、徹底的に対象を認識し、それらを組替え、外圧に適応しながら自らの脳をすら巨大化させてきた。現代人の観念機能の土台をつくりあげてきた原始人類は、対象に向かって頭を使いつづけてきたといえる。http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=142306

人類が観念機能を作り上げた土台をそのまま残存させているのが現代の日本語だとしたらこれは最古の文化遺産であり、最大の日本人の特徴だとも言えると思います。 (by tano)


投稿者 tano : 2007年04月06日 08:15

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コメント

>表意文字である「漢字」は視覚野で反応し、表音文字である「仮名」は左脳の後言語野で認識される。

 文字を通して言語を理解するというのはどうやら日本人特有の現象であろう。外山滋比古は『日本語の論理』の中で「ヨーロッパの言語が音声中心の一元的言語であるとすると、日本語は表意文字をともに用いる二元的言語だ」といっている。

 養老孟司によれば日本語が世界の言語と違うのは、脳の2カ所を使わないと読めないという。一般に世界の人が文字を読むのに使っている脳の部分は「角回」と呼ばれる場所1カ所だけだが、日本人は「角回」では仮名を読み、漢字は別の場所で読むらしい。これは漢字の読みがたいてい1種類ではないという日本語の特徴による。つまり、日本人は文章を読むだけで外国人より2倍頭を使っていることになる。

 そんな脳の特殊性が影響してマンガ文化を育てたというのが養老の持論だ。日本のマンガではいわば、絵が「漢字」で、吹き出しの文字が「仮名」にあたる。それを日本人は脳内ですばやく情報処理して読んでいく。日本語の教育をすれば、「仮名」と「漢字」の2カ所の脳が働き、マンガの読解力も高まるというわけだ(『マンガをもっと読みなさい』より)

投稿者 mukai : 2007年04月07日 14:14

なるほど!
漫画文化がなぜ日本に広がったかがよくわかりますね。
しかし日頃こんなに頭を使っている日本人がなぜ認知障害など起こすのでしょうか?これも文字を見なくなった生活習慣によるものなのでしょうか?
それとも、文字と会話の相互関係がなければ本来の左右脳は使っていない事になるのでしょうか?

漢字が書けない、漢字を書かない現在のパソコン社会に少し危機感を感じます。

投稿者 tano : 2007年04月08日 00:49

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