2007年11月28日

世界の戦争起源(戦争の考古学より)

Very Happy くまなです

日本における戦争の起源~戦争の考古学的証拠~で、日本における戦争の起源をやりましたが、世界についての起源に触れていなかったので、佐原真の「戦争の考古学」から、世界の戦争起源について紹介します。

日本の起源のところでも扱いましたが、考古学は、どのような考古学的事実をもって、戦争のあった社会、あるいは戦争を知っていた社会を認識するか。以下の中からひとつでも有力な証拠があれば、たがいに補いあって証拠となる、としています。(本格的な城、城塞は除く)
①-守りの村=防禦集落(高地集落、環濠集落、防壁、壕、防禦柵など)
②-武器
③-殺傷(されたあとを留める)人骨
④-武器の副葬=遺体に副えて武器を葬る
⑤-武器形祭器=武器の形を模した祭り・儀式の道具
⑥-戦士・戦争場面の造型

「戦争の考古学」では、世界各地で戦争の起源を考古学はどうとらえているかを紹介している。これを、概ね5000年前のものまでを、時系列で表にまとめました。

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表を拡大して見る
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8500~6300年前のギリシアのセクロスや8000~7000年前の中国内蒙古の興隆窪、白音長汗にみられる防壁のある集落については、戦争の防衛の可能性もあるが、戦争の存在を証明するほどの証拠にはなっていません。


ギリシアのセスクロ
sesklo.jpg
History of Volos


内蒙古の興隆窪
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興隆窪文化と黄河中・下流域の新石器文化


8400年前のアメリカや、7000年前の東シベリアの損傷人骨から、一部に殺し合いのような状況も想定できます(ex.規範破りの制裁?話し合いの上の喧嘩?)。しかし、恒常的で、かつ、集団間の戦争という状況にはないようです。


世界戦争起源に関する節は、以下のように結ばれています。

以上、世界を概観すると、狩猟採集民も殺しあうことがあり、とくに北アメリカ北西海岸の人びとの殺し合いは、戦争であった。しかし、農耕社会の成熟過程が本格的な戦争を生んだことは、大多数の研究者が世界各地に共通して認めていることである。

なお、上記「北アメリカ北西海岸の人びとの殺し合い」とは、

北アメリカ北西海岸に住む人びとは、白人と接触した頃、シャケなどの漁撈、狩猟で暮らし、階層にわかれ奴隷をもち、盛んに戦いあっていた。そして、カナダのブリティッシュ=コロンビア地方では、その生活の歴史とともに、戦争は3000年前までさかのぼるという。北アメリカの他の地帯、南西部・南東部・中西部・東大平原などでは、トウモロコシによる農耕社会の成熟とともに戦いがはじまったと認めている。

投稿者 kumana : 2007年11月28日 17:00

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コメント

戦争の起源はなんと16000年前にも遡るのですか?
でもよく読んでいくと明らかに戦争の起源と言えるのは5000年前の中国の要塞からのようですね。

この事から見えてくるのは考古学者とは人類の戦争をやたら古くから設定したがっている事ですね。
実際、弥生時代の環濠集落ですら、あれは防衛だ、動物からの防御、侵入者対策など様々な意見がでているくらいですから。。

ある防御遺跡を戦争の起源と認定するには戦争に向かう十分な状況証拠が必要に思います。
それにしてもくまなさん、貴重な資料をありがとうございました。

投稿者 tano : 2007年11月28日 21:51

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