2008年02月05日
余剰が冨の集中と戦争をもたらすって本当?
こんにちわちわわです。
日本史の教科書では、概略すると、弥生時代に入って水稲栽培が広まると余剰生産物が生じ、すると冨が支配階級に集中し、戦争が発生する。と書いてあるようですが、本当でしょうか?

狩猟採集民から農耕転換した縄文人の集団内では、蔡紀のための統合者的存在はいると思われますが、自我が共認によって封鎖され、私有意識も存在していない集団内では、余剰が生じたからといって、冨の集中、ましてや戦争に直結するとは思えません。
問題は私有意識の有無にあると思います。
稲作を日本にもたらした渡来人は略奪で国を追われた私権闘争の経験者であり、既に私有意識を顕在化させた民族のはずで、彼らが稲作を生業とする生産集団の統合者に座る事によって、冨が私物として認識されるのであり、私権拡大の邪心によって他集団へ収奪に走るようになったのではないでしょうか。
大和朝廷の国家成立も私権拡大の過程であろうし、私婚制度が根付いているのも貴族階級のみであることからも、渡来人による覇権争いが弥生以降の日本の歴史なんだと思います。
投稿者 tiwawa : 2008年02月05日 23:53 Tweet
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コメント
略奪闘争は、玉突き式に広がっていく‥って言いますが、
いったん私有意識が出てしまうと、ない者さえも刺激され出てしまうんですね。
貧困を克服した今こそ、私有意識を捨てる、大きな可能性だと思います。
投稿者 みなみ☆ : 2008年02月07日 20:03
みなみ☆さん
>いったん私有意識が出てしまうと、ない者さえも刺激され出てしまうんですね。
人間が共認を唯一、最大の武器として進化してきた集団動物であるという何よりの所以だと思います。
共認を誤ることの怖さを歴史を学んで知っていきたいですね。
投稿者 tano : 2008年02月10日 11:38
はじめまして。
誰の説かは忘れましたが、マンモスは狩猟民族が捕獲しすぎて絶滅させたのではなく農耕民族が絶滅させたそうです。
狩猟採集時代は全ての獲物を獲り尽くしてしまえば自分達も生きていけないので狩猟をセーブしたようです。農耕が始まり穀物を「蓄える」ことで食料が無くならないからマンモスを獲り尽して絶滅させたというものです。
獲物は共有との意識があったようです。自然と共生しなければ生きていけないからです。
逆に農業の生産性を上げるためには農地と人力が必要になりなります。広大な農地を開墾し領土を増やし蓄えを守るために武力を強大させる、ということでしょう。
投稿者 オム・カルム : 2008年02月11日 12:32
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