2008年02月14日
縄文時代よりも古代~近世の方が飢えの圧力は大きかったのではないか
くまなです
おもしろいデータを見つけました。

図は倭人の形成の日本人の時代変化からお借りしました。
このデータからわかることは、弥生時代に渡来した人々は、縄文人より高身長で全く異質であったことです。また、縄文人が現代人よりもちっちゃかったことがわかります。
それよりも
驚きなのは、江戸時代や明治時代の人々は縄文人よりもずっとちっちゃかったということです。男子で約155cm、女子で約145cmしかない。いまの小6から中1ぐらいの身長です。
なんでだろう?
古墳時代から明治時代初期までの身長データは、関東地方における各時代の成人の右大腿骨最大長から推定した平均身長です。
元データです。
表:人骨(成人)の右大腿骨最大長からの平均推定身長の時代推移

(小宮秀一「日本人の体組成」より)(引用元:平本嘉助「骨からみた日本人身長の移り変わり」考占学ジャーナル197p24-28、1981年)
データによると古墳時代から江戸時代まで、男女とも一貫して身長が小さくなっています。
身長は栄養状態と関連していると考えられます。ですから縄文人よりも古墳時代~江戸時代の方が飢えの圧力が大きかったのではないか と考えられます。それも時代を下るにつれて大きくなっていったと思われます。
どういうことか?
古墳時代(3世紀後半~7世紀半ば)は古墳を作れるほどの権力が成立した時代です。8世紀初頭には大宝律令によって本格的な中央集権国家が成立します。しかしまだ身分は官僚中心。鎌倉時代には武士が登場しますが、身分としては確立せず農民との線引きは明確ではありません。安土桃山時代、刀狩により兵農分離が徹底されて身分制度が明確になります。そして江戸時代は士農工商の身分制度が確立します。
つまり、私権国家が成立し身分制度が確立していくにつれ、下層階級(主に農民)において貧困の圧力が高まり、栄養不良が常態化し、人々の身長が低くなっていったのではないか という見方が成立します。(なお、江戸時代の農業人口は80~85%といわれています。)
江戸時代には度重なる飢饉が起きています。天候不良・虫害がきっかけですが、実態は厳しい年貢の取立てにより生かさず殺さずが常態化し、ひとたび凶作となれば飢餓に見舞われるということだと思われます(参照:リンク)。そこで起きたのが百姓一揆です。貧しい家では飢饉の際には自分の子供を殺して食べたという話しもあります(参照:、リンク)。
近代化に突入する明治時代は身長の縮小傾向が小さくなり、大正時代以降に一気に反転します。科学技術の発達(輸入)と市場社会の拡大が人々の栄養状態を向上させていったと考えられます。
下のグラフは明治以降の成人男子の平均身長の推移です。
(河内 まき子人体寸法の変化と時代の変遷より)
身長は第二次大戦で少し縮小しますがすぐに回復し、右肩上がりです。貧困が消滅する1970年頃に生まれた子どもが20歳になる1990年頃、身長の伸びは頭打ちになります。
投稿者 kumana : 2008年02月14日 18:00
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コメント
お邪魔します!
msn産経ニュース
http://sankei.jp.msn.com/top.htm
サイト内検索 「試行私考」
【試行私考 日本人解剖】第3章 ルーツ 縄文へ(1)
http://sankei.jp.msn.com/culture/academic/071008/acd0710082057002-n1.htm
DNA・アイヌ・縄文 シリーズで 掲載されております。
結構 楽しめました。。。
投稿者 太郎 : 2008年02月15日 09:46
なるほど!
と思った一方、??と思ったのは、
・江戸時代前期に人口が急増していること
・また寿命という側面で見るとまた違ってきそうだし、
生産様式(農業だと背が低くなる?)でも変わりそうだし
いろいろファクターありそうだなと思いました。
とか、いろいろ考えさせるデータですね。
投稿者 Hiroshi : 2008年02月16日 02:33
へ~
古墳時代より明治時代のほうが小さかったなんて以外ですね!
ちなみに身長の伸びはどんな栄養価が影響が大きいんでしょうか?例えばカルシウムとか・・・。その辺りの詳細な食料事情が知りたいですね。
投稿者 mrran : 2008年02月21日 22:24
身長が低くなっているのは、貧困では無くて、食べ物の種類が変化しただけですよ。おおざっぱに言うと、肉類を食べると身体は大きくなります。米は身長には影響しません。貧困とは全く別問題です。狭い国土の日本では、狩猟などで大量の肉を供給することは出来ません。しかし農業の発達により大人数の食料の供給が可能になり、組織が完成し、国家が形成されます。この基盤は農業生産によるものですから、国家はより効率の良い農業生産を求め、開発し、人々に提供します。
戦国期の黒田如水の手記によると、人々の主食は米と塩のみ、そこに如水が草を塩で漬けたものを配ると兵士は珍しがって食べたとあります。戦国期は魚なども特別な日に食べる贅沢な食料です。
室町末期に全国的な飢饉が起こり、各国の統治者(戦国大名)が経営改善、つまり農業改革を実行し、日本の食料事情は一気に改善されます。この時期に、農業に対する日本の国土はほぼ開発され尽くされ、総人口3000万人時代が明治まで続くことになります。この時期は日本が最も安定した統治を行った時期でもあります。1600年から1850年に起きた江戸、その他地域の犯罪件数は世界の同人口の都市と比べて10分の1以下です。飢饉についても縦に長い日本では、東北が飢饉であれば、九州地方が豊作で、またその逆も起こります。一時的な飢饉は起こりますが、慢性的なものはなく、幕府の政策は一環して無償で飢饉対策を行っています。文献に残る飢饉の資料はいわば現在でもおこる阪神大震災や津波被害などの「珍しい」事件を残したもので、日常的な資料ではありません。士農工商などの身分制度も明治になって江戸期の状況を分かりやすくするために政府が明治に入って新しく教科書に載せただけで江戸期の資料に士農工商などの身分制度の言葉は一つもありません。江戸期にあったのは身分制度ではなく、職業の区別です。職業に貴賎はありません。また、明治になって身分が低いとされた単純労働を生業とする人々が貧しくなったのも新政府が開始した下手な貿易によって商売が出来なくなった明治に入ってからです。
農業生産と人口増加の過程をたどると、むしろ貧困は改善されて来ています。
長々となりましたが、つまり、一般に小学校、中学校などの教科書などに載っている内容は、かなり編集者の都合のいいように書かれているので、それを鵜呑みにするのではなく、全ての情報を疑ってかかってくださいと言いたかっただけです。
といいつつ私が提供した情報も十分に疑ってくださいね。
投稿者 ちょっと反論 : 2008年02月28日 09:52
太郎さん、Hiroshiさん、mrranさん、ちょっと反論さん、コメントありがとうございます。
ちょっと反論さんの意見に敬意を表し、ちょっと反論させていただきます。核心部分だけですが。
身長の伸び(縮み)の根拠を肉食(とそれに伴う穀類の増減)に求めると、明治以降の身長の伸びが説明し難いのではないかと思われます。
平均身長は1900年(明治32年)から約100年にわたって右肩上がりですが、肉類の供給量は1900年代初頭から1900年半ばまで変化しておらず、かつ、1日当り10gにも満たない水準で推移しています。牛乳や乳製品も同様です。
また、肉食比率でいえば、カロリーベースでも蛋白質ベースでも縄文人は現代人よりも肉食比率が多くなっています。しかし、現代人よりも背が高いわけではありません。
ただmrranさんも指摘されている通り、時代ごとの栄養源については無関係ではありません。Hiroshiさんの指摘のように寿命や人口を加味するとどうなるかについても検証が必要です。
今回のデータを一元的に分析するのは好ましくありませんし、元データに偏りがないかどうかも検証する必要があります。
今回のデータを元に、新しい視点の議論が生まれればと思います。
投稿者 くまな : 2008年04月12日 01:52
「平成の黙示録」という表題の私説を公開しています。
http://makoto-ishigaki.spaces.live.com にアクセスしてください。
投稿者 石垣眞人 : 2008年07月30日 15:23
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