2008年03月15日

中国文明:中国の地形と気候

今日は中国地図を記事にしてみたいと思います Smile

m118 ということで、こんな地図をつくってみました m118

%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E5%9C%B0%E5%9B%B32.jpg
中国地図vol.1 m119 ここをクリックすれば大きくなります m051

中国大陸は広大っ m051 Shocked 歴史を調べていても、場所がどこだがわからなくなる時もあります Confused

その地の環境がイメージできると、歴史もより鮮明になると思います Surprised

若干、現代的になってしまいますが m196 、当時の自然環境を大きく捉えることはできるのではないでしょうか m050

m118 応援よろしくお願いします m118
Blog Rankingにほんブログ村 歴史ブログへ

byさーね m044

●地形

中国情報局より

地形:山地33%、高原26%、盆地19%、丘陵10%、平野12%

山地と高原が国土の半分を占めているんですね。地図をみてもその辺はわかるかと思います。華北平原や東北平原は、かなり貴重な平野になりますね。

大きく特徴を捉えれば、西側はヒマラヤを初め名だたる山脈が軒を連ね、北側はモンゴル平原や内蒙古平原,タクラマカン砂漠などの乾燥地帯が広がり、東側は海へと平野が広がっている。わかりやすい地形であると同時に、様々な自然環境があるということを示しています。

●気候

中国まるごと百科事典より、気候

中国は南から北へと赤道地帯、熱帯、亜熱帯、暖温帯、温帯、寒温帯という六つの温度帯に分かれています。
主に大陸性モンスーン気候に属し、毎年9月から翌年の4月までは、乾燥した冷たい風がシベリアとモンゴル高原から吹くため、南北の温度差が非常に大きくなっています。毎年4月から9月までは、温暖湿潤の季節風が東部と南部の海から吹いてくるため、南北の温度差は小さくなります。

地図を見てもらうとわかるのですが、概ね8つの気候区分があるようです。大きく捉えれば、北が寒く,乾燥し、南は温暖で,湿潤な気候でしょう。

地形と気候を見てみると、歴史的な視点でも気付きがあります。
・華北平原が歴史の舞台となったのは、南北の中間にあり、平野で気候的にも生活がしやすい。だから争った?
・黄土高原が歴史の舞台となったのは、砂漠・高原と平野という各々生産様式の違う民族の境界だったから?

しっかり地形や気候を把握するということも、歴史事実を解明する上で大事ですね Surprised

PS:もし間違い等ありましたら、ぜひ教えてください m196

投稿者 sawatan : 2008年03月15日 21:52  

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://blog.kodai-bunmei.net/cgi/mt-tb.cgi/472

コメント

平野が1割というのは驚きで、意外と少ない。中国の人口は、相当平野部にひしめき合っている感じがします。

中国の華僑などは、国内の飢餓状態から脱出するために海外に活路を求めたと言われますが、それも分かる感じがしました。

現代でも砂漠化が進むと、中国の食糧事情もさらに悪化する可能性があります。
地図を見ているといろいろ想像できて面白いですね。

投稿者 Hiroshi : 2008年03月20日 00:42

Hiroshiさん

当時は、やはり地形や気候が外圧であったと思います。これを正確に捉えることは大事ですね。

後は、古代にひきつけて言えば、青銅器の街があったり、農業の街があったりと、地域によっても様々な産業があったようです。この辺も調べていきたいと考えてます。

投稿者 さーね : 2008年03月22日 21:48

コメントしてください




保存しますか?

(書式を変更するような一部のHTMLタグを使うことができます)