2008年03月25日

「自我」の壁を突き破ろう!

●新しい活力源をしめすことなく「市場社会」が壊れようとしています。
このまま世界は崩壊し、滅亡への道を歩むことになるのでしょうか?

この40年を振り返ってみると、'70貧困の消滅→私権の衰弱→自我の衰弱⇒本源回帰という大きな時代潮流は、誰の目にもあきらかになってきました。
このことは、新しい時代とは、私権社会から本源=共認社会への大転換であるということを示しています。

にもかかわらず、モンスター・ペアレンツや自己中殺人は残存し、マナー規制や労基法など、個人の権利を正当化する制度は、強化される一方です。
もはや弊害しか生み出せない「自我→私権」を最後の砦として守ろうとする社会。
何か根本的に誤っているとしか言いようがありません。

上記の時代潮流を、対象化し、新しい時代を実現しようとしたとき、真正面に立ちはだかるのは「自我」の壁です。

①この「自我」を縄文人は、どのように封鎖してきたのか?
②弥生人は、一気に「自我」を発現させてしまったのか?二層構造で、大衆は「自我」を封鎖し続けたのか?

過渡期の現在、②の追求も不可欠ではないでしょうか。
このブログでも、弥生時代の大衆に焦点をあてた投稿は、皆無に近い状態です。

今後、しばらくは、「自我をどう始末したのか?」という観点からの追求をしていきたいと思います。

できれば、皆さんの協働をお願いします。

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投稿者 naoto : 2008年03月25日 22:28

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コメント

ちょっと最近このブログも停滞していたのであたらな試み大歓迎です。どこまで肉薄できるか楽しみですね。

投稿者 案山子 : 2008年03月26日 01:30

案山子さん、コメントありがとうございます。
先日、先々日と、また自己中殺人が起きています。
自己中殺人を引き起こすのが「自我」なら、マナーを他人に強制するのも「自我」です。
後者は、それを正当化する法律があるだけに、当の本人は「自我」に気づくことができず、むしろ善いことをやっているという意識に陥っています。
共認を妨げるだけでなく、破壊へとおいやる「自我」は徹底的に封鎖する必要があると思います。
この問題意識を持ち続けて、追求していきたいと思います。

投稿者 naoto : 2008年03月26日 22:46

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