2008年10月13日
日本書紀を知る!~るいネットの投稿群から
こんばんわ!
前回、「古事記を知る!~るいネットの投稿群から」という記事で古事記編をまとめましたが、今日は日本書紀について同じように最近の投稿群を整理したいと思います。
まず日本書紀って何が書かれているのでしょうか?概略シリーズでまずは見てください。
【概略】日本書紀① 神代
【概略】日本書紀② 神武~応神
【概略】日本書紀③ 仁徳~継体
④以降はまだ投稿されていないので、誰かがまとめてくれるのを期待しています!
日本書紀は古事記と並んでわが国最古の歴史書とも言われ、また現在の天皇制の基本ともなる史書です。しかしその日本書紀が嘘だらけとは・・・。そのような本のタイトルは誰しも見た事はあると思いますが、どこが本当でどこが嘘か、また誰の為に書かれた本なのか、それを解明することが今の日本は誰が作ったかを解明することにつながります。
さて日本書紀の謎を覗いてみましょう!ポチッと押してください↓
まずは日本書紀の捏造の意図は何かザックリ書いてある投稿3つを紹介します。
日本書記の狙い:半島からの出自を清算し、日本における王統と中央集権を確立させる。
日本書紀は何を描き出そうとしたのか? -継体天皇以前の叙述は、全体がフィクション
次に日本書紀は誰の為に書かれたのかべジ紀さんの力作3つと補足を読んでみてください。
日本書紀は誰のために書かれたのか?①~通説と矛盾点~
日本書紀は誰のために書かれたのか?②~矛盾点から見えてくるもの~
日本書紀は誰のために書かれたのか?③~仮説~
日本書紀は誰のために書かれたのか?~補足
さて、日本書紀では具体的にどんな偽説が書かれたのでしょうか?あのお札になった聖徳太子までも作られています。そしてそれはなぜでしょうか?
日本書紀は蘇我支配から百済支配へスムーズに移行するための共認支配ツール。
聖徳太子は蘇我入鹿と同一人物であり、蘇我善徳という人物である。
蘇我の実績を史実と整合させる為、架空の用明天皇、推古天皇、聖徳太子は作られた。
記紀創作の狙いとは?なぜ聖徳太子を作る必要があったのか?
日本書紀は外交書である、この説は以下の投稿からも検証されています。
中国を意識した日本書記
また、天皇はどこまでが実在でどこかが架空か?そんな疑問にもぶつかります。
天皇系譜の実在はどこからか?
さらに天智、天武が交錯した7世紀から8世紀の天皇系譜と彼らの系統をみてみましょう。
7世紀~8世紀の天皇系譜
しかし天武天皇は果たしてこの系譜どおり天智天皇の弟だったのでしょうか?・・・どうやら偽説です。
天武天皇の出自の謎
また日本書紀の意図を読み取る上で天皇を支えた豪族の分析も必要です。
蘇我氏の出自を探る葛城氏の正体~天皇家と対等の氏族であった。
天武、天智、藤原・・・全て朝鮮半島からの渡来人です。いったいこの時代の半島とはどうなっていたのか・・・。
新羅の歴史(新羅の高官はいつ日本に入ったか?)
百済の歴史(天皇家は百済の王族そのものでは?)
高句麗の歴史(高句麗は日本にどのように入り込んできたか?)
日本書紀は誰が何の目的で書いたのか・・・・
現在のるいネットの流れでは以下のようになります。
誰の為に・・・
どうやら日本書紀は、天武天皇のために書かれたものではなくて、むしろ天智天皇や持統天皇のために、果ては藤原一族のために書かれたのではないかと考えられます。
これらすべてを工作したのが不比等だったのではないでしょうか。
何の目的で・・・
政権担当の合理化と、「日本には偉人・聖徳太子が存在した」ということ。「日本の初代・神武天皇は、紀元前六百六十年に即位した」とすることで、歴史の古い強大な隣国・唐に向かっての国威の発揚でもあった。また、当時の皇室並びに政権実力者・藤原一族の弥栄を願って書かれたのが日本書紀であり、古事記だった。万世一系の皇統譜もまた、その時に創作されたものだった。
天武天皇が書いたというのはどうやら事実ではないようです。
疑問が残るのはなぜ天武が書いたということにしているのか?少なくとも書記の中に天武が書いたという記述はないようです。それは天武が書いたということにすることで納めようとする意図が見え隠れします。
書記を書いたこの時代の状況を見ればわかります。
天智(百済)vs天武(新羅)・・・時代はまだ唐・新羅が全盛だった頃で表だって新羅や唐に楯突けない、故に書いた人を天武(新羅人)として中身は天智派(百済)の為に書いた・・・そう推測されると思います。
しかし・・・まだまだ続くるいネットの書記追求。これからが詰めの議論ですね。楽しみにしてください。
るいネットに登場してきたサイトも併せて紹介させていただきます。
「ニッポン民俗学」
聖徳太子の真相を糺す
「古代ロマン塾の新説・・・日本書紀解体真史シリーズ」
韓国の歴史
投稿者 tano : 2008年10月13日 20:02
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コメント
すごいっ!!壮大な追求ですね。
でも、聖徳太子が偽者だったなんて・・・
(これが一番ショックだったりします。。。)
でも、蘇我氏をちゃんとありのまま評価してあげた方がいいですよね(^^)
投稿者 このみ : 2008年10月15日 19:50
支配者にとってはその正当性を示す事が重要で、歴史の記録に力をそそいだのだと思います。
これは洋の東西だけでなく古アメリカにおいても同様で、例えばマヤ文明では都市国家毎に膨大な絵文字による石碑が刻まれているのですが、おもしろいのは都市国家毎に記載内容が微妙に違う事です。
負けた戦いはさりげなく書かれますが、勝った戦いは誇張して書かれているようです。文字の解読と同時にどのような戦いがあったのか?の解読が進められていて興味深いところです。
投稿者 Quetzalcoatl : 2008年10月16日 19:55
このみさん、Quetzalcoatlさん、応援ありがとうございます。
>でも、聖徳太子が偽者だったなんて・・・
嘘は大きいほどバレナイってよくいいますよね。
お札の絵柄にまでなったんだから誰も架空の存在とは思いませんよね。そう言えば誰がお札の肖像を決めるのでしょうか?
>支配者にとってはその正当性を示す事が重要で、歴史の記録に力をそそいだのだと思います。
文字の起源は支配の為にあるとはよく言ったものです。
最古の文字である楔形文字ですら、徴税の為に記録したというのですから。歴史書とはその最たるものですね。
しかしいかに歴史書に大量の文字が書かれても、人々の記憶だけは書き換えられません。支配者にとって一番怖いのが人々の記憶であり、意識なんだと思います。
それは古今変わっていないようで・・・。
投稿者 tano : 2008年10月17日 01:55
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