2009年01月01日

日本語のルーツは古代朝鮮語だった

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明けましておめでとうございます
Very Happy くまなです。
今年もみんなでこのブログを盛り上げていきましょう!

みなさま、新年をいかがお過ごしでしょうか。
わたしはこのブログで書き初めならぬ“打ち初め”です(笑)

最近、このブログでは弥生から律令国家までの日本国家成立時期の追求が深まっています。天皇家やその渡来元としての朝鮮半島、そして記紀の神話の世界などです。(ユダヤも楽しみにしていますよ~・・・・・あっ、ユダヤもつながるか…つなげる?)

お正月は、実家に戻ったり、ついでにお墓参りをしたり、神社に初詣に行ったり、テレビでは皇居での一般参賀の様子を伝えたり、自分たちのルーツや天皇家というものをいつもより身近に感じる時期でもあります。

今回は、日本人や天皇家の朝鮮半島における故郷と呼べる地に関して、言葉(言語)の視点からアプローチした本があったので紹介します。学会等では無視され、一部ではいわゆるトンデモ扱いされている内容ですが、面白いと思ったのでご紹介します。

%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E8%AA%9E003.jpg本のタイトルは「日本語のルーツは古代朝鮮語だった」、著者は朴炳植(パク・ビョングシク)氏。もともと実業家で、50代で言語学の道に足を踏み込み、1986年(56歳)の時に『ヤマト言葉の起源と古代朝鮮語』を発表されました。「日本語の起源は古代朝鮮語」であり、「奈良時代まで日本人はみな、古代朝鮮語を話していた」ことを明らかにしています。

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■日本語の源は韓国・慶尚道にある

すでに私には、日本語と韓国語をかたっぱしから比較していくなかで、漠然とはしているけれどもわかってきたこがあった。それは、まだ確信には至らなかったが、「ああ、日本語というのは韓国・慶尚道の方言なんだ」ということである。ひとつひとつの言葉を対象してみると、「どうも、これは慶尚道の方言だなあ」という思いが強くなったのである。
 慶尚道とは現在の朝鮮半島の東南部一体を指すのだが、この地方の方言は韓国のなかでも非常に特殊なことで有名で、実は、この特徴が日本語の特色に非常に似ていることに気づいたのである。  たとえば、韓国語のなかでも慶尚道の方言は非常に省略が多いことで有名である。現代の韓国語で「ハンダヘド」という言葉がある。ところが、これを慶尚道では、「ハン」をとってしまって、「タヘド」と言ってしまう。もっと省略するときには「ハンダ」まで省略し、さらに「ヘド」もH→Kの音韻変化をきたして、「ケド」と言う。こういう言い方は慶尚道以外ではしない。韓国広しといえども、「ハンダヘド」を「ケド」などというのは慶尚道だけなのだ。それくらい省略するのである。
 ここまで言えば、もうお気づきのことと思う。この「ハンダヘド」の慶尚道方言は、そのまま日本語の「けど、だけど」となるのである。  もっとわかりやすい例をあげよう。韓国語の命令語に「ハセヨ」、「ハシヨ」、「ハシラ」、「ハセ」というものがある。慶尚道方言の最大の特色は「ハ」音の脱落である、ということをもう一度思い起こしてほしい。これから「ハ」音をはずすとどうなるだろうか。それらは「セヨ」、「シヨ」、「シロ」、「セ」という日本語の命令形語尾になるではないか。
 また、日本語には「いわく」という言葉がある。「いわくつきの女」などと使う言葉である。何かかんばしくない前歴のある女性を指すのだが、原意は「話がついてまわる女」ということである。  この「いわく」は慶尚道方言の「イバク」の濁音のとれたもので、日本ではこれを「話をする」という動詞、すなわち「曰く」を使うようになっているが、慶尚道方言では「イバク」という名詞として通用している。この「イバク」は、慶尚道地方独特のもので、朝鮮半島ではほかに例の無い言葉なのだ。  このような事例が他にも重なって、私は「日本語というものは慶尚道の方言だ」という確信をもつようになったのである。
 こうして、慶尚道方言に注目しはじめた私は、現在の韓国の慶尚道地方の歴史にも関心をもつようになった。この地方について調べていくうちに、この地方には、はるか遠い昔、伽耶族という人々が住んでいたこと、そして、当時彼らが日本列島の開拓者として渡来し、原住民と和合しながら日本語を生み出す主体的勢力になっていったということがしだいに明らかになってきたのである。

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慶尚道とは慶尚北道と慶尚南道を合わせた地域で、とくに慶尚南道を中心とする地域は3世紀~6世紀に「伽耶」と呼ばれていた地域です。その時代は、まさに日本の支配民族が渡来した時期であることを考えると、日本へ渡来した人々や文化の中には「伽耶(加羅)」の要素がその言語とともに色濃く浸透している可能性があるということです。

Three_Kingdoms_of_Korea_Map.bmp(5世紀頃の朝鮮半島)
伽耶は、日本列島固有の墓制である前方後円墳が朝鮮半島で多数発見され、その勢力圏内で日本産のヒスイ製勾玉が大量に出土するなど古代日本との関係が深い。ヤマト朝廷の時代にはその勢力下であり、派遣された豪族が統治していました。6世紀中頃には新羅に滅ぼされ、その首都が金城(現在の慶尚北道慶州市)に置かれます。それで日本の奈良や京都のように歴史的な遺跡が多い。日本からも近い位置にあり、在日韓国人の方々の中にはこの慶尚道出身の方が多いそうです。また、韓国の歴代の大統領や高級官僚にも出身者が多いことで有名です。

参照:伽耶 新羅

著者の朴炳植氏が上記の本で展開されている科学的な根拠は「音韻変化法則」に基づく類似性の検証です。詳細は著書をご覧いただきたいのですが、コメント欄にリクエストがあれば、別記事でご紹介します。

さて、ちょっと深入りさせていただきます。

澤田洋太郎氏は「伽耶は日本のルーツ」(93年)の中で、考古学的視点から以下の根拠により日本人の原郷を伽耶地方だとしています。

弥生時代の北九州地方と伽耶地方の遺跡や発掘品を比較すると、
m011 双方非常によく似ていて、若干、北九州の方が新しい。
m011 環濠集落や銅剣、鏡、管玉の意匠が、そっくりであること。
m011 双方で、そっくりの馬よろいが発見され、騎馬民族系譜であること。
m011 墓制がそっくりで、石槨はあるが、棺はないという騎馬民族の特徴があること。
m011 この騎馬民族的特長は、百済や新羅にはないこと。
参照:チュー太郎

また、澤田氏は、伽耶は天皇家及び物部氏の起源地であるとしています。上記サイトで紹介しています。

井沢元彦氏の『逆説の日本史~1古代黎明編』を紹介する天皇家のルーツは朝鮮半島南部にあるでも、

天皇家のルーツは朝鮮半島南部、任那(伽耶)、その源流の弁韓にある。任那(伽耶)は飛び地領ではなく、むしろ任那(伽耶)の方が本拠地だったのだ。それ以前の志賀島の金印「漢倭奴國王」の時代から、志賀島周辺が朝鮮半島南部の国家の支配下にあったのではないか。
6~7世紀に新羅によって滅ぼされた任那(伽耶)、百済から大量の渡来人が支店である日本に亡命してきたが、彼らが侵略者に転じなかったのも、既に確立していた大和朝廷という同胞国家に迎え入れられたからであろう。彼らにとって日本が本拠地になったのだ。

日本の言葉や文化の基層部に朝鮮半島南部のそれが影響しているのは間違いなさそうです。

投稿者 kumana : 2009年01月01日 08:00

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コメント

日本古代において、渡来人の影響は大きかったことはこれまでの議論の中でも分かってきたことで、特に支配者層においてはその影響は多大なものであったと思われます。

人類の拡散を見ても大陸からの影響を受けていることは明白になりつつあると思いますが、
>日本へ渡来した人々や文化の中には「伽耶(加羅)」の要素がその言語とともに色濃く浸透している可能性があるということです。<

渡来人以前の文化や言語とはどのようなものだったのでしょうか?

投稿者 ルーツ : 2009年01月05日 15:31

ばかじゃないの?例3つで確信ですか。
nameは名前と似ていますが?
砂はsandと似ていますが?

投稿者 Anonymous : 2009年01月10日 15:53

逆に、朝鮮半島南東部が日本の影響を強く残しているとも考えられますね。

有史以来、日本は何度も朝鮮本土に侵攻していますし、朝鮮を併合していた事もあります。
朝鮮は日本に侵攻しても対馬すら攻略できずに撤退する有様です。
あ、モンゴルの属軍として侵攻してきた時には対馬は落としましたね。

新羅の建国に倭人が関わっていたとか、新羅は都を何度も倭に攻められた等の記述も新羅本記にあるようですし。

海を挟んでいるとはいえ隣国ですから、当然、相互に文化的影響を受けていますが、
どちらがより強く影響を受けたかと言えば・・・、まぁ自明ではないでしょうか?

投稿者 Anonymous : 2009年03月17日 22:40

DNAなどの調査から日本人はバイカル湖周辺にいた北方民族、中国東部、中国南部、東南アジアなどから渡来した民族の混合民族である事が分かっており、特に頭蓋骨の形状から中国南部の民族のものが多いという研究もあります。又、言語で言うならば、日本語は北方系というより南方系言語が混在したものと考えたほうが妥当であるという説が有力になりつつあると思います。なぜならば言語の骨格にあたる助詞が南方系のものが多いからです。つまり、日本人の祖先のうち最初に多数を占めた人々は南方系の人たちであり、北方系の人や中国系の人たちは、それ以後に日本に断続的に渡来しては帰化したのでDNAのパーセントは北方系や中国系が多いのですが、言葉は南方系ということになったのだと思われます。そして、重要な事は日本と韓国では日本が先で韓国が後に民族や文化の伝播があったということです。日本人は南方から来たわけです。韓国の古代の歴史にも百済の王の祖先はインドから来たという伝説があります。古代に日本人の活動範囲は日本列島および朝鮮半島南部に広がりましたので、前方後円墳が朝鮮半島では南部にだけあるわけです。又、言語においても韓国語の中に日本語と共通の言葉があるのは日本人の活動範囲が古代において朝鮮半島南部にあったことの証拠とも言えますし、朝鮮半島に古代あった三韓国家も南方系であるとも言えるわけです。あくまでも言っておきますが日本の祖が韓国ということではありません。

投稿者 Anonymous : 2009年05月09日 05:46

釜山には弥生時代から北九州系倭人による鉄採掘遺跡もあり、
以来、日本への鉄の供給が滞った時期がないのは、
大和朝廷の管轄地であったからでしょう。

また好太王碑文、日本書紀、三国史記など文献史学的にも、
日本が半島に関わってたのは明白なはず。

こんな事は韓国側が認めなくても、日本の古代史会の常識なはず。

澤田洋太郎や井沢元彦などの寡文をわざわざもって来る意図がわからない。

投稿者 おーやん : 2009年05月17日 09:58

1現代韓国語(この場合は慶尚道方言)と現代日本語において、比較的意味がちかい語が、たまたま音韻が似ていたから、
日本語のルーツは韓国語だ、というのは学問的にはありえない手続きではないですか?古代朝鮮語と古代日本語を比較するの
ならわかりますが。まさにNameと名前は似ているから、英語の
ルーツは日本語だというようなたぐいの議論です。
2厳密には韓国語の「ハンダヘド」(「するとしても」)と日本語の「けど」(「けれども」の口語的表現)は意味は同じだといえるでしょうか?

投稿者 buhnyan : 2009年05月29日 18:25

「カムサハムニダ」(ありがとうございます)の「カムサ」は、日本語の「感謝」が元でできた言葉だとか。
それも、韓国併合以降にできた言葉だって。

投稿者 Anonymous : 2009年06月06日 23:50

「カムサハムニダ」(ありがとうございます)の「カムサ」は、日本語の「感謝」が元でできた言葉だとか。
それも、韓国併合以降にできた言葉だって。

投稿者 あああ : 2009年06月06日 23:50

韓国人の妄想による本を参考にするとは。
真面目なエントリをお願いします。

投稿者 弥生人系 : 2009年06月17日 11:18

上の方のコメントでも言ってるように
日本→朝鮮半島南部に対して大きな文化的、言語的、民族的影響があったという見方が正しいと思います
当時の朝鮮半島南部は倭人の強い影響下(または支配下)にあり、倭人はその場所を利用して広く大陸の文物を摂取していた
しかし時が経つにつれて半島南部における倭人の影響力が少なくなり(倭人が日本本土での国家体制の整理などに注視するようになったり、半島を利用する機会が減ったため)、半島南部の国々は本格的に半島の統一を目指すようになる
そして半島南部の国々と半島北部の国等の争いを経て最終的に朝鮮半島が統一されるに至る
このように古代朝鮮語(半島内でどんな分布をしてたかは分かりませんが)は古代日本語の強い影響を受けてると思われます

投稿者 たっち : 2009年06月19日 06:41

韓国人の自尊心(今の朝鮮人の先祖は偉かった、などということはマァ無いです、残念ですが事実です。)は、日本語が韓国語の子孫だというが、実際は逆である、朝鮮半島にも倭人(日本人の先祖であり日本語を話していた)の住む地域であり、北京にまでその言語の影響は及んでいた。。。そうです。 http://www31.tok2.com/home2/okunouso/nimaru.htm

百済の位置は、遼東半島の東です。高句麗の範囲は間違っています。
古代の支那・朝鮮半島・日本の歴史は鮮卑(シベリア由来の騎馬民族)が作っていたように感じます。今の朝鮮民族は、どの時代にも蹂躙されたほうの民族、文化も言語も自力で持ったような時代は無さそう。

それに、、、どうも、朝鮮語は、言語的に発音が汚い言葉ですね、、、英語とドイツ語の関係でいうと、朝鮮語のほうが崩れた言語であることは、英語がドイツ語をルーツとして崩れた言語であるような印象がします。

投稿者 んs : 2009年07月07日 02:06

古代朝鮮語とはハングル以前の言葉であり、当時の文献はすべて漢字で書かれています。それがどのように発音されていたのかはほとんどわかっていないのです。

ようするに似ているかどうかはわからないのですが、似ているという人には何らかの意図と願望があり言っているのだと思います。日韓併合後は圧倒的な日本の影響下で韓国朝鮮の言葉は変容してきました。今の韓国語が日本語と似ているのは当然のことなのです。

投稿者 KM : 2009年11月24日 20:20

いーえ
日本は誇り高き白人の分派です。
ネーム→なまえ
ロード→どうろ
ドクトール→毒取る→いしゃ

さあ、これだけ証拠が出てきました。完璧ですね。

投稿者 Anonymous : 2009年12月03日 21:59

せっかく『面白い』と紹介してくれたのに
教養が身についてないようなコメントが多くて嫌に
なりました。

柔軟に読んで事実を検証したらいいのに。
キッと怒るのは自信が無い証拠みたい。


共通語については・・・
自分はネパール語、ヒンディー語、タイ語がわかりますが
仏教由来の言葉で共通する物はありますが、
普通の言葉でも日本語と似た言葉はありますよ。
基本的な言葉でも何千と単語はありますから
二文字くらいなら偶然かぶってしまう単語が出ます。
かぶらない物のほうが圧倒的に多いなら
関連は薄いでしょうね。

投稿者 fun : 2009年12月13日 17:00

ある言語のルーツはどこの言語にあるかを
研究する学問を比較言語学と言います。

その比較言語学で重視されるものは
基礎語彙の共通性なのですが
この基礎語彙が日本語と韓国語とでは
非常に離れていることが判明しています

もし、本気である言語のルーツを調べたいと思うのなら
この比較言語学について調べてみるべきでしょう。
また、本物の言語学者が書いた本を読むべきです。

投稿者 Anonymous : 2010年03月12日 00:49

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