2009年04月03日

キリスト教布教における重要人物『パウロ』

こんにちは m033

【チーム宗教】、世界最大勢力のキリスト教についてさらに追求していきます Wink

mitsukoさんからのバトンを受けて、今回は初期のキリスト教の布教に大きな影響を与えた『パウロ』という人物にスポットを当てていきたいと思います。

さて、このパウロという人物、実は元々イエス・キリストに対する反対勢力の一人でした。

①そんな彼がなぜキリスト教に回心したのか?
②そしてどうやってキリスト教を広めていったのか?

ここにキリスト教が世界宗教となった礎があったのです。

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ありがとうございます m043

さて、まずは①から Very Happy

パウロはユダヤ人として生を受け、生まれつきのローマ市民権(※)保持者でした。エリートだったんですね。そして、生まれて8日目に割礼を受けた敬虔なユダヤ教徒でした。彼は熱心なユダヤ教徒の立場から、初めはキリスト教徒を迫害する側だったんです。ちなみに彼は処刑される前のイエスには会っていません。

しかしそんな彼に劇的な出来事が!

それが、『パウロの回心』と呼ばれる出来事です。

【パウロの回心】
エルサレムのキリスト教団を蹂躙したパウロが、地方に広まり始めたキリスト教の信徒を弾圧する行動に出る旅路でのことでした。

エルサレムからまずダマスコ(ダマスカス)に向かい、ダマスコの町が見えるところまで来ました。ここでパウロの人生を180度変えてしまう、一大異変が起こります。

ダマスコの町が見える所まで進んでいた時、パウロ一行は突然空からの強烈な光を浴びます。パウロは馬から落馬したのでしょう、地面に倒れてしまいます。なんとこの時にパウロは失明してしまいます。ただ、ここで復活したイエスの声を聞いたというのは、後々非常に重要な要素になります。なぜなら、復活したイエスの生き証人となったということですから。

その時、突然イエスの声が響きました(この時のイエスは復活後のイエスです)。パウロにお前が迫害しているイエスだと名乗り、町に入れば何をすれば良いかわかるとだけ告げます。

さて、このダマスコの町には、アナニアという信徒がいました。このアナニア、イエスの幻を見るんです。しかも幻のイエスからは、パウロの所に行け、という指示がありました。敵のところへ行け、という指示ですから、アナニアもとまどったことでしょう。しかし、アナニアは指示通りパウロの元に向かい、パウロに手を置き祈りました。

すると、パウロの目からはウロコのようなものが落ち、なんと目が見えるようになったのです。(ちなみに「目から鱗が落ちる」という慣用句はここから来ているらしいですよ。)

パウロは失明時の衝撃よりも、もっとすごい体験を経験してしまいました。即時、パウロはキリスト教の洗礼を受けます。パウロの生涯の一大転機どころか、生涯の働きを決定されました。後々まで、この出来事を語りながら宣教に専念することになりました。

これが【パウロの回心】と呼ばれる出来事です。


そして②です。

彼はどうやってキリスト教を広めていったのか?

ここで、キリストとパウロの布教における違いを押えておきましょう。実は大きな違いが一つあります。

キリストがユダヤ教徒の貧民層に対して宣教していたのに対し、パウロはユダヤ教徒に限らず布教していったのです。

ユダヤ教徒であれば、神様は同じ存在ですし、その神の言葉の解釈の違いという括りが出来ますが、他の宗教の信者ですと神様自体が違うのですから、改宗させるのも一苦労です。納得させうるだけの理論構築も必要です。

そこで使ったのが「原罪」です。

「原罪」とはアダムとイブが蛇に唆され、禁断の知恵の実を食べてしまったことを指します。
この解釈も派によって色々な所はあるのですが、一番大きいのは神が禁じていたことをやってしまったことだと言われています。

つまり「原罪」とは人類の発祥の時点で既に背負ってしまったものだという解釈なのですね。

mitsukoさんの投稿にもありますが、キリストは、個人個人の罪に焦点を当て、それぞれ神を信じることで救われるのだ、と説いたのに対し、パウロは、人類全体が元々罪を背負っておりそれをキリストが死ぬ(処刑)ことで代わりに償ってくれたのだ、というように説いていきました。

神はユダヤ教徒だけでなく、人類全てを見てくださっているのだ、ということにしたんですね。だから他宗教の信者も神(キリスト)を信じよ、と。

そうなるとキリストの教えとキリスト教って別物じゃないの?という気もするのですが・・・

何はともあれ、その後ローマ帝国で国教とされるまで広まっていったキリスト教ですが、結果的に見ると、パウロのこの解釈は、キリスト教の裾野を広げるという意味で非常に役に立ったといえます。

次の疑問は、「なんで弾圧していたローマ帝国で国教とされるまでに至ったのか」という点ですね。

さすが世界最大の宗教と言えるキリスト教。奥が深いです。

3回にわたって初期のキリスト教について調べてまいりましたが、まだまだ追求するべきポイントはいっぱい。これからも追求していきますので、楽しみにしていてくださいね。

次回へ続くっ m027

投稿者 maru : 2009年04月03日 21:33

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