2009年07月06日
地形で見る古代史~奈良って川がたくさん!
こんにちは-
カナです
今回は
『古代の大和地方を想定するとき、当時の近畿地方の地形を頭に描かないと、ひとびとの実感=歴史事実に届かない仮説になってしまう・・。』
リンクより
という言葉に倣って、奈良の地理を追究します
!
なんで古代の豪族って奈良に集まったん
すごい不便そうやのに…
という人はぜひ!この記事でスッキリしてください
奈良って実は資源も豊富で交通もべんり~な場所だったんですよ
ではまず、この力作の地図を見ていただきます
![]()
古代奈良の地図
なにか気が付いたことはありませんか
・領地が河沿いにある
・古豪族の領地は山沿いにある
などに気づくと思います
ではこれらのなぞを解明していきましょう
領地が川沿いなのはなんで
このなぞを解く為にもう一度地図を見てください
よーくみると、大和川・淀川・紀ノ川全部がつながっていることがわかります
大和川の沢山の支流から、水銀生産地がある宇陀や、大阪湾にも行けるんですね
つまり、この大和川の支流は、交通の要所だったんです
そして、この大和川の支流を押さえることで、それぞれの豪族は交易権を手に入れることができたんです
その中でもいち早く奈良に進出し、この交易権を手に入れることが出来たのが葛城氏です
だから先乗りすることで、天皇にも匹敵する力を持っていたんですね~
山沿いに領地をつくったのはなんで
では2つ目の、なんで古氏(葛城・巨勢・紀・平群)の領地は山沿いにあるのか、というなぞです
実は、豪族の生産基盤である水田を開発する為だったんです
えー
山で水田なんか作れるわけ無いじゃん
と思ったあなた
実は、初期の水田は山麓で作られていたんです
山麓に水田をつくったのはなんで?
この山麓の水田のことを沢田・谷田といいます
なにが平地の水田と違うのでしょうか
沢田・谷田と湿地帯水田の違い
![]()
沢田・谷田
開墾地 湧き水が出る山沿いの山麓のやわらかい土地
開墾方法 やわらかい山間部の沢や谷から、階段状に何段か水田を取る
必要なもの 湧き水
メリット 川からアクセスでき、陸路が必要ない
洪水被害がないデメリット 湧き水が必要なので、土地が限られている
湿地帯水田
開墾地 下流域の平野
開墾方法 河川を治水して水田開発
必要なもの 金属製の工耕具
メリット 川からアクセスできる
水田を広く取れるデメリット 洪水などの水害を避けるための大掛かりな治水工事が必要、排水の問題を解決する土木工事が必要
以上から、湿地帯で水田を作るのには、鉄器が必要で、洪水の被害の可能性もあることがわかります。
一方で、沢田・谷田は洪水の心配はいらない、木製の道具で作れることがわかります。
金属製の工耕具が十分に発達・流通していない古代では、湿地帯で水田を作るのは殆ど不可能であることが分かります。
また、沢田・谷田は排水の面でも有理だったようです
湿地帯水田は、大規模な土木工事をしないと、排水の問題を解決することが出来ませんが
沢田・谷田は傾斜にあるので、高低差を利用して排水することができます。
葛城・巨勢・紀・平群の古氏はこのような地形にいちはやく目をつけ、生駒山~葛城山の東側に領地を構えたのです
そして、金属製の工耕具が発展し、それまでは沼地だった大和川の支流も乾いてくると、和珥氏・物部氏・大伴氏・羽田氏・巨勢氏・などの新しい豪族、そして天皇家が領地を構えました
奈良ってどんなところだった
実は、奈良盆地って、
山麓や盆地の水田
宇陀の水銀や砂鉄などの鉱物資源
などの生産基盤があって、
またそれらを運び出し、交易をする為の河川の流通網もある、古代の中心地としてぴったりな場所だったんですね~
古代豪族にとっては生産・流通すべてがある奈良は魅力的
な場所だったんでしょう
神武天皇が遠回りしてまで、来たかった意味がちょっと分かるような気がします
ではでは、今回も最後まで読んでいただき
ありがとうございました~~
投稿者 kana0444 : 2009年07月06日 22:47 Tweet
トラックバック
このエントリーのトラックバックURL:
http://blog.kodai-bunmei.net/cgi/mt-tb.cgi/855
コメント
初めまして~!
奈良に生まれて31年ずっと奈良に住んでおり、今は魚の研究とかをしていますw
うちの研究室は奈良の大和川水系の魚類についても研究しているのですが、川や地史的な知識には非常にうといところがあります。
古代の地図があったのですごく興味深く見させていただきました。
もし、よろしければ、地史に関する文献を紹介して頂けないでしょうか?
どうぞ、よろしくお願い致します。
投稿者 こう : 2009年07月07日 09:40
いや~、わかりやすい文章でした。
カンドー。(まず、これ)
わたしは河内に住んでおり、日々葛城山・金剛山を仰ぎながら
暮らしています。確かに日帰りハイキングのコースとしては快適なのでですが、わざわざ住み着くかー?というのがずーっと疑問でした。葛城氏に対する興味はその1点に集約されていると言ってもいいくらい。
葛城氏はもともと朝鮮半島の海洋系が瀬戸内海ルートで日本に上陸したと理解しているので、アンタは海やろ、なんで山やねん、と思っていたのですが・・、氷解。
海であろうが川であろうが山であろうが、「利を制す」ということを貫徹した、ということですね。
久々に葛城山に登ろうかな、と思いました。
次は、蘇我だな、やっぱり。
投稿者 うきゃきゃ : 2009年07月09日 10:50
これは鮮やかな視点ですねー
自然の摂理が最も大事だと感じます。実は、縄文時代もその意識は違いますが、川や海,山が必ず関係しますね。
やはり、歴史では自然圧力を対象化するという視点が重要だと感じる記事でした!^^
投稿者 さーね : 2009年07月09日 22:06
こうさんへ。コメントありがとうございます。
私はこの課題でカナさんと一緒に勉強しているものですが、
こうさんのリクエストである古地図などに関する地史の文献はまだ私たちも多くは探し出せていません。
ただ、古代史の豪族支配の勉強をしているうちに大和の水系は広域で繋がっていた事がわかってきています。
それに気が付く事ができた本がこのブログでも紹介している田中八郎氏の「大和誕生と水銀」http://www.hanmoto.com/bd/isbn978-4-88202-877-2.htmlという本です。
中には古地図もあり、大和在住の方が引き継がれた土着の神話や自身の経験を踏まえて書かれた面白い本です。
ぜひ一度手にとってみてください。
投稿者 tanoyan : 2009年07月11日 22:13
⇒こうさん
コメントありがとうございます☆
返信が遅れてしまい申し訳ありません。
tanoさんの紹介して頂いた本はとっても興味深いので、一度読んでみてくださいね♪
投稿者 カナ : 2009年07月14日 19:05
⇒うきゃきゃさん
>いや~、わかりやすい文章でした。
カンドー。(まず、これ)
↑
本当にこの言葉嬉しいです!!涙
ありがとうございます☆☆☆
私もなんであんな山奥やねん!ってすごい気になっていました。すごい気付きですよね!まさに氷解です!
投稿者 カナ : 2009年07月14日 19:08
⇒さーねさん
コメントありがとうございます☆☆
>やはり、歴史では自然圧力を対象化するという視点が重要だと感じる記事でした!^^
ホントですね~!
現代人が自然が脅威と感じることなんか、ほとんどありませんが、古代人はそうではないですもんね!
歴史の人物に同化する事が大切ですね♪♪
投稿者 カナ : 2009年07月14日 19:13
⇒tanoyanさん
フォローありがとうございます♪
この本はほんとおススメですよね^^☆☆
投稿者 カナ : 2009年07月14日 19:15
コメントしてください |
沢田・谷田と湿地帯水田の違い
沢田・谷田