2009年10月05日

「日本人は闘えるのか?」②~日本人の特性(外国人から見た日本と日本人)

新テーマ:「日本人は闘えるのか?」①~縄文から流れる日本人の可能性と弱点

では、縄文人が渡来人を受け入れた時の考察から、弱点構造の位相について紹介がありました。続いて2回目の今回は“そもそも日本人の特性って何?”と言うところに焦点を当てたいと思います。そこでまずは客観的な意見として、外国人から見た日本人はどう見えていたのか?いくつかの文献から紹介します。

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外国人から見た日本と日本人(1/2 日常編)


■「外国人から見た日本と日本人」と言う記事を紹介します。

 ぼやきくっくり

  外国人から見た日本と日本人(1) 

  外国人から見た日本と日本人(2)  

  外国人から見た日本と日本人(3) 

●この記事で紹介されている外国人の文章を見ると、現代に生きる我々日本人がついつい忘れている、しかし、絶対に潜在思念に刻み込まれている縄文的「感覚」や「想い」が浮かんでくるように感じる。私権原理から共認原理へ大きく時代が動いている今、この縄文体質の再生つまり「自分からみんなへ」⇒「共同体の再生」「共認統合の社会の実現」が人類的期待であるのだと思う。

  参考→日本人と縄文体質 

●上記ブログから(日常編)としていくつかの記事を引用します。
~以下引用~
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■タウンゼント・ハリス=初代米国総領事。1856年(安政3年)来日。
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「日本滞在記」より

彼ら(日本人)は皆よく肥え、身なりもよく、幸福そうである。一見したところ、富者も貧者もない-これが恐らく人民の本当の幸福というものだろう。私は時として、日本を開国して外国の影響を受けさせることが、果たしてこの人々の普遍的な幸福を増進する所以であるか、どうか、疑わしくなる。私は、質素と正直の黄金時代を、いずれの他の国におけるよりも、より多く日本において見出す。

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■イザベラ・バード=イギリス人。当時の女性としては珍しい旅行家で、1878年(明治11年)以降、日本各地を旅した。
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「日本奥地紀行」より

ヨーロッパの多くの国々や、わがイギリスでも地方によっては、外国の服装をした女性の一人旅は、実際の危害を受けるまではゆかなくとも、無礼や侮辱の仕打ちにあったり、お金をゆすりとられるのであるが、ここでは私は、一度も失礼な目にあったこともなければ、真に過当な料金をとられた例もない。

群集にとり囲まれても、失礼なことをされることはない。馬子は、私が雨に濡れたり、びっくり驚くことのないように絶えず気をつかい、革帯や結んでいない品物が旅の終わるまで無事であるように、細心の注意を払う。

(中略)私は日本の子どもたちがとても好きだ。私は今まで赤ん坊の泣くのを聞いたことがなく、子どもがうるさかったり、言うことをきかなかったりするのを見たことがない。日本では孝行が何ものにも優先する美徳である。何も文句を言わずに従うことが何世紀にもわたる習慣となっている。英国の母親たちが、子どもを脅したり、手練手管を使って騙したりし、いやいやながら服従させるような光景は、日本には見られない。 
私は、子どもたちが自分たちだけで面白く遊べるように、うまく仕込まれているのに感心する。家庭教育の一つは、いろいろな遊戯の規則を覚えることである。規則は絶対であり、疑問が出たときには、口論して遊戯を中止するのではなく、年長の子の命令で問題を解決する。子どもたちは自分たちだけで遊び、いつも大人の手を借りるようなことはない。

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■エドウィン・アーノルド=イギリス人。詩人。1889年(明治22年)11月来日。インドのデカン大学の学長を務め、帰英後はデーリーテレグラフ紙の編集者。
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「ヤポニカ(Japonica)」(1891年)より

日本には、礼節によって生活をたのしいものにするという、普遍的な社会契約が存在する。誰もが多かれ少なかれ育ちがよいし、「やかましい」人、すなわち騒々しく無作法だったり、しきりに何か要求するような人物は、男でも女でもきらわれる。すぐかっとなる人、いつもせかせかしている人、ドアをばんと叩きつけたり、罵言を吐いたり、ふんぞり返って歩く人は、最も下層の車夫でさえ、母親の背中でからだをぐらぐらさせていた赤ん坊の頃から古風な礼儀を教わり身につけているこの国では、居場所を見つけることができないのである。

(中略)この国以外世界のどこに、気持よく過すためのこんな共同謀議、人生のつらいことどもを環境の許すかぎり、受け入れやすく品のよいものたらしめようとするこんなにも広汎な合意、洗練された振舞いを万人に定着させ受け入れさせるこんなにもみごとな訓令、言葉と行いの粗野な衝動のかくのごとき普遍的な抑制、毎日の生活のこんな絵のような美しさ、生活を飾るものとしての自然へのかくも生き生きとした愛、美しい工芸品へのこのような心からのよろこび、楽しいことを楽しむ上でのかくのごとき率直さ、子どもへのこんなやさしさ、両親と老人に対するこのような尊重、洗練された趣味と習慣のかくのごとき普及、異邦人に対するかくも丁寧な態度、自分も楽しみひとも楽しませようとする上でのこのような熱心――この国以外のどこにこのようなものが存在するというのか。

(中略)生きていることをあらゆる者にとってできるかぎり快いものたらしめようとする社会的合意、社会全体にゆきわたる暗黙の合意は、心に悲嘆を抱いているのをけっして見せまいとする習慣、とりわけ自分の悲しみによって人を悲しませることをすまいとする習慣をも含意している。 

冒頭のコメントにもありますが、まさに

 >この記事で紹介されている外国人の文章を見ると、現代に生き
  る我々日本人がついつい忘れている、しかし、絶対に潜在思念
  に刻み込まれている縄文的「感覚」や「想い」が浮かんでくる
  ように感じる。

のがわかりますね。また、上記3人の外国人の共通した感銘点は、日本人に序列(格差)意識がないこと、言い換えれば皆が皆の為になることを喜び(=活力源)として社会が成り立っていることのようですね。これをさらに一言で言えば「共認統合の社会」と言うことなのですが、そのような外国人も感銘するほどの社会を長い間日本人続けてきた訳で、そこが「日本人は闘えるのか?」に対する一つのポイントになりそうです。

投稿者 mrran : 2009年10月05日 11:51

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コメント

日本人に序列意識がない、というのは誤りでしょう。むしろ絶対的な序列意識が根底にあることを前提とした共認統合です。お互いの利益を生み出すのが社会構造だという上位の共認です。

利害の一致が人々の団結を導く事は確かですが、誰の立場も一緒ではない、という社会構造の概念は、自分と他人の区別化の下地として必要であり、現代化していく過程に必須だったと思われます。
区別した上で相手を助ければ自分も助かり、またその逆もあることを認識できるのです。それを考えるには自分以外の人間を社会構造に取り込まなければ、協生の意味を理解できないはずです。

例えば幼少より社会にはしっかりとした構造があるという形を覚えこませる事で、文化としての礼儀作法が発達してきました。
この礼儀作法の習得具合によって誰かを評価する基準の生成が起こります。その評価は人々の優劣という序列を作り、そこで競争が起きて更に文化は育まれていく。
つまりはこのサイクルに於いて評価される価値観が常に一定だった事が、日本を安定した様々な文化の成長に導いたのではないか。そう考えます。

昔も今も目上の人間もわからないような人間にそれ以上の社会という概念を望めないことは明白です。

あと一点。日本に於いてなぜ成熟した文化が受け継がれてこれたのか、というのは文化の壊滅的な破壊が為されることがなかった事。それは何も侵略が無かったと考えるだけではなく、国内での自壊をも防いだ点にあります。

保守的な序列の保護。これは何も社会的なものだけでなく、文化的な序列、例えば優れたものは残さなければならないと思いつく。それはすなわち文化の保護に繋がる。日本人はいざという時に、例え理解をしていなくても様々なものを保護することに関しては社会構造の概念がよくも悪くも働くのです。
それが古くから民間の意識にも根付いていたのだから、優れた社会性ができたのは当然といえば当然です。

つまり、日本人が今まで様々なものを脈々と受け継いで来れたのは、愚直なまでの社会

構造の保守を教育・共有して遵守してきたこと、その行動が様々な概念への構造的保守

に繋がっていき、更に価値観への保守にも繋がったためだと確信しています。

投稿者 せいん : 2009年10月05日 13:54

>日本人に序列意識がない、というのは誤りでしょう。むしろ絶対的な序列意識が根底にあることを前提とした共認統合です。お互いの利益を生み出すのが社会構造だという上位の共認です。

この点は、私も同意します。西洋の階級社会とは違いますが、日本ならではの序列意識、しかもそれを崩さないようにしようとうとする意識の強さがあると思います。

それは縄文時代に形成された「もののあわれ」を土台にして、大陸から持ち込まれた私権闘争に適応すべく「情けは人のためならず」という風に、共認構造が変質したからだと思います。

つまりは談合社会です。

本投稿のテーマとつなげるなら、日本の談合体質の是非、ということになろうと思います。

ここで、しかし、馴れ合いの談合体質ではダメだ、というのも軽率な判断だろうと思います。

談合体質に潜む、可能性と問題性を切開して、両方を取り出し、問題性を超えるという思考実験が必要なのだと思います。

投稿者 怒るでしかし~ : 2009年10月06日 01:35

日本にも勿論、序列構造はしっかりとありますね。ただ、階級社会の外国人から見れば、何事も話し合いの中でなんとなく決着していくやり方が新鮮に?見えたことでしょう。
やはり、怒るでしかし~さんが言われるように、その中味は談合体質の問題であろうかと思いますが、談合も闘争を回避するためのひとつの共認のあり様であるとも考えられそうですね。

そう考えると、談合体質の問題性と可能性の切開もそうですが、そのような日本人に独特の体質がどのように身についたのか、あるいはなぜ必要だったのか、を考えることが今回のテーマの本質により近いように思います。

投稿者 nishipa : 2009年10月06日 23:30

>日本人に序列意識がない、というのは誤りでしょう。むしろ絶対的な序列意識が根底にあることを前提とした共認統合です。お互いの利益を生み出すのが社会構造だという上位の共認です。(せいん さん)

>この点は、私も同意します。西洋の階級社会とは違いますが、日本ならではの序列意識、しかもそれを崩さないようにしようとうとする意識の強さがあると思います。(怒るでしかし~ さん)

ご指摘ありがとうございます。仰るとおり確かにこの時代、事実として序列は存在するし、意識としても確実に顕在化していますね。失礼しました。言いたかったのは、その序列を皆(支配者も被支配者も)が社会的役割として受入れている、しかもその上で皆が皆の為になることを喜び(=活力源)とした社会システムがあったということです。

投稿者 mrran : 2009年10月06日 23:58

>mrranさん
ご理解とご返答、ありがとうございます。

>その序列を皆(支配者も被支配者も)が社会的役割として受入れている、しかもその上で皆が皆の為になることを喜び(=活力源)とした社会システムがあったということです。

なるほど、おっしゃる意味が理解できました。
言うなれば人間、時に社会に於ける利益というか活力、ベクトルの違うそれらをよく認識、理解し、運用できたことは想像してみると感嘆する限りです。考えさせられる題材ですね。

続編を心待ちにしております。

投稿者 Anonymous : 2009年10月08日 01:07

「戦えるのか」シリーズなかなか好調ですね。
人気ページランキングでも5位と7位にランクアップしています。

一番面白いと思うのが本来、支配の為に作られた序列が役割という形で変化していっている。また、序列意識や序列の解体が一番先行している日本にある可能性とはどのようなものか?

戦うとは相手に勝つ事だと思いますが、日本がこれから何と戦ってどのように勝っていくのか、勝てないのか・・・これから先の議論だと思いますがその辺りまでわかってくると面白いと思います。

これから先の展開期待しています。

投稿者 ゆる : 2009年10月09日 12:43

>一番面白いと思うのが本来、支配の為に作られた序列が役割という形で変化していっている。

私が子どもの頃には「末は博士か大臣か」という言葉がまだ生きていましたが、聞かれなくなったのはいつ頃からでしょうか、もはや権威も地に堕ちて久しいですね。

博士も大臣も立身出世の象徴として捉えられていたわけですが、それも身分序列の獲得という私権意識ではなく、周囲の人々からの社会的な役割期待だったように思います。

この社会的役割を、一部の特権階級が牛耳るのではなく、誰がどのように担っていくのか、どのような社会を目指していくのか、、、序列も解体してようやく可能性が開けたということですね。

また、ご意見お聞かせください♪


投稿者 nishipa : 2009年10月10日 20:08

敬語があまりない方言、敬語が多い方言などがあるから、序列の意識は地域差があると思う。

投稿者 xyz : 2010年01月31日 11:57

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