2009年11月04日

軍と官僚制の罠 ~古代国家の官僚制~

『官僚制の歴史~官僚制と試験制の弊害とその突破口を探る』シリーズ

近代官僚制は、近代国家誕生と共に成立するが、官僚制そのものは武力支配国家登場とほぼ同時に登場する。

今回は、日本以外の世界の官僚制の登場を紐解きながら、官僚制が必要となる理由、また官僚制が確立されるにつれ国家が衰退する構造を探ってみたい。

■古代インドの官僚制
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http://homepage3.nifty.com/ryuota/earth/history09.html

紀元前3世紀ごろ(2300年前ごろ)、北インドを中心に強大な帝国が登場する。アショカ王の下で発展したマウリヤ朝である。『歩兵60万、騎兵3万、戦車8000、象9000』という当時世界最大の軍隊を保有し、対抗できる国家は存在しなかった。

マウリヤ朝には、巨大な軍事機構が存在したばかりか、洗練された行政機構(官僚制)も存在していた。中央には20の官庁がおかれ、地方は州に分割されて、王子が統治にあたった。役人は整然と位階に分かれ、現金で給与が支払われていた。スパイも各地に放たれ、不穏な動きを監視するとともに各種の秘密工作にあたった。
巨大な軍隊、それを統治する機構、そして官僚機構。磐石な体制を整えていると思われたマウリヤ朝も、アショーカ王の死後、すぐに崩壊する。

なぜか?
武力による領土拡大を図り、それを維持するためには、巨大な軍事力が必要となる。この巨大な軍事力を維持するためには、徴税のための官僚機構を備えなければならない。そして、徴税による民衆の反発を抑えこむためには、さらなる軍事力を必要とする。
巨大な軍隊と官僚制を維持するため、マウリヤ朝においての経済統制は最重要課題となり、27もの経済閣僚が置かれることとなる。武力支配国家の維持を可能とする税の確保のため官僚制度が肥大化し、それを支える経済活動を統制するために更に官僚制度を拡大せざるをえない。この「軍と官僚制の罠」に嵌ってしまったのである。

■古代中国の官僚制
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http://homepage3.nifty.com/ryuota/earth/history09.html

「武力支配を実現→維持するためには、徴税のための官僚制度が必要となる」。この軍隊と官僚の罠に嵌ったのは、何もインド・マウリヤ朝だけではない。中国でも同様だった。

武力により中国を統一(紀元前221年)し、巨大な帝国を築き上げた秦の始皇帝は、軍隊を維持するため、強力な中央集権機構を確立する。各地方から税金を徴収する徴税官が官僚の始まりだった。そして、これから後、”中国”を統一する王朝は、すべからく「官僚制」を導入することとなる。これは巨大な帝国を武力によって支配するしか無い以上、ある種必然的な構造とも言える。

漢の時代には、官僚制度の肥大化・腐敗化が一層深刻となった。契機となったのは、漢の武帝による遊牧民族・匈奴との戦争だった。漢帝国は圧倒的な兵力を誇っていたにも拘らず、機動力に勝る遊牧騎馬民族国家に敗戦を重ねる。最終的には勝利したものの、完全に駆逐することはできなかった。
農耕民族によって形成されている漢帝国にとって、戦争は割に合わない公共事業である。生産手段を放棄して戦争に参加する者を続出させるし、例え勝ったとしても、手に入れられる土地は、草原が広がる農耕には不向きな土地ばかりである。

そのため、漢帝国は勝ったとは言え、莫大な財政負担を強いられることになる。戦争を遂行するための軍事力の強化。加えて、財政危機に対処するための経済統制や塩・鉄などの生活必需品の専売化。これらを担うべき官僚制度も肥大化し、この官僚制度を維持するためにさらに財政が圧迫されると言う罠に嵌っていったのである。

■古代ローマの官僚制
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http://homepage3.nifty.com/ryuota/earth/history09.html

ローマは、戦争に勝った場合でも他の都市を吸収・併合せず、独立国にとどめて同盟を結んだ。実質的には「都市連合」の盟主だった。しばらくの間は、この体制で特に問題は生じなかった。ところが、長年の仇敵であったカルタゴを下し、地中海各地に領土を拡大する前2世紀(2200年前頃)から、大きく転換する。ローマは諸都市を「属州」という名の直轄植民地とし、そこから得られる戦利品や奴隷、税を独占したのだ。ローマは大いに潤ったが、共に戦ったイタリアの諸都市は分け前に預かれなかったため反乱を起こす。そして、全イタリア人に「ローマ市民権」を与えざるをえなくなった。さらに、富の配当をめぐって民会や元老院が内ゲバの場となり、まったく機能しなくなり、約100年にわたって内戦が続いた。

結局、権力闘争に勝ち残ったオクタヴィアヌスが元首(=「市民の第一人者」)となり、内乱の引き金となった半数の属州の総督職、ほぼ全軍の指揮権、役職の人事権などの権力を一手に引き受ける。そして、元首の抱える膨大な実務を分担するため官僚が登場し、かつて最高機関だった元老院は高級官僚をプールする場となっていく。ローマ帝国に初めて官僚制が導入されたのである。

とはいえ、他の帝国に比べ官僚の数はきわめて少なかった。なぜなら、国が行うべき業務や、ときにはそれ以上の事業が、富裕市民の私財で行われていたからである。富裕層からの贈与のおかげで、国の財政支出は少なくてすみ、人々の税負担は軽かった。

この「元首制+官僚制」の体制は長い平和を生み出したが、一方で元首の資格・基準が明確にされなかったため、元首の座を巡る権力闘争が激しさを増す。やがて、権力闘争は武力闘争に発展し、軍事力を持ったものが元首を勝手にすげ替える、混乱状態が続いた。

284年に元首となったディオクレティアヌスは、「市民の第一人者」から「主君にして神」へと変貌し、「皇帝」による専制君主制へと転換した。統治機構は一新され、皇帝の任命する顧問団が、元老院にとってかわった。外敵に対応するための兵力増強の必要から、徴兵制を復活、外国人の傭兵も導入し、兵士は45万に拡充された。一方、属州は反逆防止のために101に細分化され、軍司令官とは別に行政官僚がおかれた。すなわち、ローマは「軍と官僚制」によって再建されたのである。

そして、他の帝国と同じく、ローマ帝国も「軍と官僚制の罠」に嵌っていく。即ち、財政危機に対処するための経済統制。これらを担うべき官僚制度も肥大化し、この官僚制度を維持するためにさらに財政が圧迫されていったのである。

■中世中国の官僚制
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http://homepage3.nifty.com/ryuota/earth/history11.html

遊牧民が打ち立てた唐王朝であったが、漢帝国同様、絶えず遊牧民からの圧力にさらされ続けることになる。大唐帝国は、遊牧民侵略に対抗して練度の高い騎馬軍を国境におくことで、防衛力を強化した。

しかし、各部隊の司令官たちは駐屯地で集めた税を政府に送らず、その金を給料として支払うことで兵を私物化し、地方官僚も勝手に任命するようになった。このような軍閥は、8世紀末には全国で50にものぼった。名ばかりの存在となった唐王朝はしばらく命脈を保つものの、907年には最終的に滅亡した。傭兵隊長はそのまま各地で自立し、自前の王朝を開く。(五代十国時代へ)

しかし、ある傭兵隊長が打ち立てた王朝も、同僚や部下による転覆の危険が常に存在した。従って、10世紀以降の中国やイスラーム世界の君主たちにとって、軍とどのような関係を結ぶかということが最重要課題となる。

960年に華北におこり、20年後に中国を統一した宋が目指したのは、皇帝の手足となる官僚機構を再建し、軍をその管理下におくことであった。
改革は慎重に、長い年月をかけて行われた。軍司令官が勝手に地方官僚を登用することはできなくなり、その採用は3年に一度行われる学科試験(科挙)に一本化された。完全実力主義の試験によって世襲の特権的官僚は消滅し、かわりに新興地主層から皇帝の忠実な下僕が生み出された。さらに、軍閥の兵力を徐々にそいで親衛軍を増やし、軍政・統帥・運用を分けて文官に担わせた。宋は、「文民統制」の徹底によって「傭兵の天下」に幕を引いた。

大唐帝国が取った政策を、より大胆に推し進め、完全な文民統制(官僚機構)を確立したのである。

しかし、文官より低く位置づけられた軍には優れた人材が集まらなくなり、ならず者の巣窟となっていく。兵士数こそ拡大したものの、軍としての統合が保てなくなり、軍事面での弱体化が進行していく。

そこで宋は、国境を脅かす遊牧民と軍事的に争うことを避け、銀や絹を貢ぐことで友好関係を保つことに腐心する。結果、中国は江南を中心に経済発展を遂げ、人口も初めて1億人を突破した。

もっとも、100万を超える軍隊、それを統制する数万の官僚、それに加えて外国への経済援助まで行った結果、宋は慢性的な財政危機に悩まされることになる。

■まとめ

あらゆる国家は、戦乱の後、武力支配国家として登場する。武力(軍事力)による支配を維持するためには、徴税が必要不可欠となる。徴税のための徴税官が官僚の始まりだった。巨大な軍隊と官僚機構を維持し続けるためには、経済統制すら必要となる。この経済政策を担う官僚も必要となった。肥大化する官僚機構は財政危機を生み、さらなる重税が庶民に重くのしかかっていくことになる。

(by ないとう)

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投稿者 staff : 2009年11月04日 16:00  

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コメント

塩野七生さんは、大著「ローマ人の物語」の最終章で、ローマが滅んだ最大の原因を「生産しない人々の増加」にある、と端的に指摘されています。

言うまでもなく軍人と官僚の増大、加えて司教を初めとする専業聖職者、そして大規模農園の所有者でもあった元老院階級。これらを4大非生産者であると断定しています。

後世からみて、ディオクレティアヌスの最大の過ちは、すべての職業を世襲制としたことだと思います。

それによる非生産者ののさばりが、元老院階級から公共心(富めるものが私財を投じるのは当たり前という観念=ノブレスオブリージュ)を奪ったということでしょう。

役割(自分がなすべき仕事はなにか?)を認識しなくなった集団には「崩壊→滅亡」というしか残されていませんでした。

参考記事→http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=210834

投稿者 うらら : 2009年11月06日 11:16

>うららさん

この間の「官僚制度」の追求を通じて、私自身も「官僚の定義」つまり「官僚とは、どんな人のことを指して言うのか」を考えるようになりました。

今、おぼろげながら見えてきているのは、「何らの生産手段を持たない人間」とでも言うべきものかなと感じています。その意味で、給料によって雇われた人=サラリーマンの原型が、官僚と言えるかもしれません。

投稿者 ないとう : 2009年11月06日 13:44

現在「BS日テレ」で大王世宗(李王朝四世でハングル語をつくった)を放映してますが、朝鮮王朝の官僚制度が良くわかる様です。日本では室町時代初期頃(1419年)で、中国は明朝の永楽帝の時期です。

投稿者 半杭正幸 : 2009年11月06日 19:13

>文官より低く位置づけられた軍には優れた人材が集まらなくなり、ならず者の巣窟となっていく。兵士数こそ拡大したものの、軍としての統合が保てなくなり、軍事面での弱体化が進行していく。

結局、試験制度とは、国や、その国に住む人々達の暮らしには目が向かず、ひたすら自分の権益の拡大のみに腐心してゆく構造のようですね。

それが当たり前になると、いかに自分の権益を拡大するかに意識が向かい、多数派が制する民主主義の時代では派閥という集団に収束してゆく。しかし派閥の結集軸が自分の権益の獲得では国をダメにするだけですね。

どこかの国の某自民党のようだし、そこに政策を流していた官僚達のようですね。

>「何らの生産手段を持たない人間」とでも言うべきものかなと感じています。その意味で、給料によって雇われた人=サラリーマンの原型が、官僚と言えるかもしれません。
・・ないとうさん

試験制度が残る今、このようなサラリーマンが拡大再生産されていると思うとやばい!と感じます。

投稿者 saka : 2009年11月07日 22:18

投稿者 ないとう : 2009年11月10日 18:25

>sakaさん

>結局、試験制度とは、国や、その国に住む人々達の暮らしには目が向かず、ひたすら自分の権益の拡大のみに腐心してゆく構造のようですね。

官僚でない私たちから見れば、当時の官僚が「そのように見えて」しまいます。ただ、彼らも主観的には国のため、集団のため、頑張っていたはずで、それがなぜ大きく逸れて行ってしまうのか?・・・ここに、官僚制というシステムが持つ欠陥が潜んでいるように思います。

現在でもアメリカの大手企業の多くが人材育成プログラムに、米軍の新人兵育成のプログラムを導入していることからも分かるように、企業の(序列的)組織論も遡れば軍隊発です。この軍隊とは、遊牧集団的な軍ではなく、国(官僚)によって統制される軍隊ですから、官僚(制)のシステム的欠陥と、企業の組織論におけるシステム的欠陥は、多かれ少なかれ似通ったものになるはずです。

投稿者 ないとう : 2009年11月10日 18:32

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