2010年02月22日

王権の生産

こんにちは ♪ milktea です。
今回初めてシリーズ記事を投稿します。
どこまでやれるかちょっと自信がありませんが、頑張ってみますね (´∀`★)+.゜

王権の生産
 何を持って、その人物を王であると定めたのか

 1 共通課題になった王の生産 序論
 2 共通課題になった王の生産 本論 
 3 王の再生産…卑弥呼と古墳の存在理由
 4 複数の王位継承権保持者
 5 生前譲位という王権移行の形
 6 葛城・蘇我・藤原の役割が果たしたこと
 7 まとめ 私見『天皇家の存在意義』

 よろしくお願いします☆
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はじめに
 この記事を書いている現在、バンクーバーではオリンピック出場選手が必死で頑張っています。よく日本代表選手が「応援席に日の丸を見つけるとほっとする」「ポールにあがった日の丸を見て感無量になった」そんな事を口にします
 日ごろ「日本国」の一員としてこの国をはっきり意識することは少ないのですが、外国に行ったり、他国の文化に触れたりした時に『日本国民』を意識する機会が多いのではないかと思います。ちなみに明日からわたしはロンドンへ行くのですが、パスポートによって身元を保証されるということなんでしょうね

 時代時代でその有り様が違っていた日本の天皇は、現在『日本国民の象徴』となっています。「象徴っていったい何だろう…はっきりコレって掴めるものじゃないな」そんなふうに思います。でも、テレビで美智子皇后が腰を落として訪問先の人々に笑顔で接している映像などを見ると、正直に「何てステキな笑顔なんだろう」「きっとその場にいた人達は、元気になったのでは?癒されたのでは?」わたしはそんな感想を持ちます。
 とてもあいまいですが、「天皇家の存在が無意識に刷り込まれていること」それが象徴の持つ意味なのかな、と思ったりしています。
 世界一古いとされる天皇家が日本国民の象徴として存在する、これ自体とても不思議なこと、言い換えれば稀なことであるのは事実でしょう。捨てるべきもの、捨ててはいけないもの、取捨選択を迫られたとき、『象徴である天皇』は、捨ててはいけないものという考えを持つ立場から、この稀なことの起こりを考え、天皇家の存在意義についての私見を、明らかにしてみたいと思います。

 上記の各項目について、多くの歴史研究家が諸説発表していますが、ここでは遠山美都男氏の論説をベースに執筆していくことを、はじめにお断りしておきます。引用文章には、文中に出典を付けさせていただきます。また、参考文献は10冊程度を予定しており、シリーズの最後にまとめて記載いたします。
また、直接当時の人の気持ち、考え方を知るわけにはいきませんが、心理カウンセラーとして、推測とはいえ、その心理を考慮しながら書き進めていきたいと思っています。

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1 共通課題になった王の生産 序論
 この国に王が誕生する以前、稲作文化が伝播した列島各地ではこんなことが考えられ始めていたのではないでしょうか…

社会を構成する最小集団は家族である。
コメ作りは収穫できたときの喜びが大きいけれど、家族だけではとてもとても心もとない。雨は充分に降ってくれるか、お日様は充分か、よそから来た人が、自分達にもコメを作らせてくれと言ったらどうしようか、腕っ節の強い者がケンカを始めるかも知れない、盗っ人がやってきてコメを刈られたらどうしようか…そんな時、隣の家族と、またその隣の家族と、たくさんの家族が仲間になって助け合わなければならないなぁ。そのためには、いろいろな問題を解決してくれる人、言ってみれば「みんなの主」になってくれる人が必要だな・・・。
ムラという共同体とリーダーが誕生した瞬間でしょう。この時点で、リーダーとムラを構成する人達の間に『支配者』『被支配者』という構図は、潜在的に潜んでいたにせよ、当事者間にその認識はまだ無かったと思われます。諸問題を調停、解決する能力を持った人物に共同体を託すことが望まれたからです。そして「これだけの厄介ごとを引き受けてくれる人の意見には従わなければならないだろう」そんな認識が生まれたことも、容易に想像ができると思います。

以上は、まったくの個人的見解ですが、この沿線上に『クニ』『首長』ができていったのではないでしょうか?

次回は、この『首長層』から『王』の誕生が求められたことについて考えてみたいと思います。

投稿者 milktea : 2010年02月22日 07:26  

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コメント

 記事をあげたmilkteaです。
本文にもありますように、これからイギリスへ行きますので、コメントをいただけた場合のリコメは、帰国後にさせていただきますね。
 尚、このシリーズは、大王(天皇)の行った行為の是非ではなく、存在そのものの意義についての考察になります。
 今後共よろしくお願いします。

投稿者 milktea : 2010年02月23日 06:42

milkteaさん

こんにちは&ようこそ当ブログへ!

日本史をたどっていると、結局「天皇って何なん?」「なんで日本人だけ後生大事に天皇なん?」という素朴な疑問がわいてきますね。

普段は意識していませんが、では、自分はどうかと問われると、ここまで続いてきたのだからずっと続いてほしい、と単純に思います。そして、その思いの底にあるのが、右とか左では切れない「日本人の起源」なのではないか、行き着くところはそこではないか、と直感するので、余計に気になるのでしょう。

だから、なかなか手が出せない。

milkteaさんの果敢な挑戦に期待しています。

投稿者 うらら : 2010年02月23日 11:07

milkteaさんこんばんわ。
今頃イギリスのロンドン辺りでショッピングをされているかもしれませんが、こちら日本はいよいよ春の訪れで毎日温暖な気候で暮らしております。

さて、王権シリーズですが、最初の前提部分について私の意見を申し上げてみたいと思います。参考にできる部分は今後の展開に使ってみてください。

>社会を構成する最小集団は家族である。
この部分は間違いないと思いますが、家族をイメージする際に現在のように一対婚家庭に子供が複数といった状況ではやや固定的です。

家族というのは時代の時々で変わっていきます。現在のように核家族もあれば少し前は3世代が同居する血縁大家族という時代もありました。また縄文時代にまで遡れば、一夫一婦制が前提ではなく、複数の男女と子供が同時に生活する集団形態をとっていたものと思われます。それが数十人の集団になることもあり、生産と消費を共にした本源集団が家族集団の原点になるのでしょう。その場合、敢えて家族と呼ぶのか集団のままでよいのかは議論が分かれるところですが、私は先入観を外す意味でも集団と呼ぶほうがよいと思います。

>ムラという共同体とリーダーが誕生した瞬間でしょう。この時点で、リーダーとムラを構成する人達の間に『支配者』『被支配者』という構図は、潜在的に潜んでいたにせよ、当事者間にその認識はまだ無かったと思われます。諸問題を調停、解決する能力を持った人物に共同体を託すことが望まれたからです。

集団と集団が近接するとそこに同類圧力が生じ、milkteaさんが書かれているように「どう対応していいかわからない」という緊張圧力が発生します。日本人は縄文時代中期にすでにこの経験をしており、そこでは贈り物をしあって緊張緩和をおこなっていました。集団間の利害調整もお互いの長老が話し合うことで解消してきたと思います。問題はムラという共同体とリーダーがなぜ弥生時代に必要になったのかという事です。
これはmilkteaさんが書かれている諸問題の調停という部分に関わってくると思います。
諸問題の中に集団間の調整だけでなく、武力や収奪という破壊分子が登場したことが上げられるのではないでしょうか?
武力には武力で対抗せねばならず、物量と合わせて兵力を確保する為、集団の規模も必要になります。戦争という形で顕在化したのは弥生の晩期の一時期でしたが、この時代に戦争圧力が高まっていたのは明らかでしょう。それを加圧したのが異分子である渡来民であり、その調整や統合に一役買って出たのも先行して縄文人に馴染んでいた渡来民族との混合集団だったのではないでしょうか。

縄文時代には悩む必要も困惑する事もなかった集団と集団の争いが顕在化したのが弥生時代の特徴だったのだと思います。農業による土地や水利の争いといのもその意味ではそれらに突入した基礎条件のひとつにはなったのでしょうが、一番大きな変化は半島から持ち込まれた「私権意識」という厄介な贈り物だったのだと思います。

投稿者 tano : 2010年02月25日 00:19

うららさん
こんにちは♪
確かにわたし達は普段、改めて天皇の存在について考える必用のない時代に生きていますよね☆
もしかしたら単なる右&左、双方から「異議あり」の答えが待ってるかもしれません。そんなふうに予期しているともいえます(-_-#)
それでもわたしなりの答えを出しますので、どうぞよろしくお願いします(´∀`★)+.゜

投稿者 milktea : 2010年03月02日 21:49

tanoさん
ただ今帰りました♪
コメントありがとうございます。
おっしゃるように、一口に家族と言っても、形態はさまざまです。ここでは、親子でも、夫婦でもいいのですが、『対人関係の発生するふたり以上の集団』と、とらえていただければ、と思います。
そしてこのブログでも度々語られる私権文化ですが、これが輸入されたのは確かにやっかい!!だとわたしも思っています。ただ、これの広がり方が、この国の人々
(日本人と言ってしまいます)のパーソナリティーの形成と重ね合わせてみた場合、やはり大陸とは少々違っていますよね。次回は、多少なりともこのあたりにも触れてみるつもりです。
よろしくお願いします♪

投稿者 milktea : 2010年03月02日 22:03

お帰りなさい。イギリスはどうでしたか?
それはさておき、次週の続編の記事に期待しています。

>ただ、これの広がり方が、この国の人々
(日本人と言ってしまいます)のパーソナリティーの形成と重ね合わせてみた場合、やはり大陸とは少々違っていますよね。

良くも悪くもこの大陸との違いが日本人の特徴ですね。
最近内田樹さんが日本辺境論をだされていますが日本人の特徴をうまく表しているようです。(私は購入しましたがまだ読んでいません・・・)
下記投稿でまずどんな説なのか紹介されています。今後の展開の上でも参考に一読してみてください。
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=227588


投稿者 tano : 2010年03月04日 19:03

こんばんは^^最近、ちょっと縄文ブログから離れてしまってますが^^;(反省m(__)m)

>そしてこのブログでも度々語られる私権文化ですが、これが輸入されたのは確かにやっかい!!だとわたしも思っています。ただ、これの広がり方が、この国の人々(日本人と言ってしまいます)のパーソナリティーの形成と重ね合わせてみた場合、やはり大陸とは少々違っていますよね。

そうそう♪そうなんですよ。
ぜひぜひ♪
期待してます!

投稿者 さーね : 2010年03月04日 22:12

tanoさん
こんばんは♪
リンクされているURLに飛んでみました。
わたしも書かれていることと似たニュアンスで捉えています。
そもそも最初「日いづるところ」と中国に対して発言した時、「倭などどいう卑下はしない」と考えたのかもしれませんが、日の出は、中国から見た場合の東です。日本を軸に見ていないわけです 笑

これは余談です
わたしが最後に持っていくつもりの結論とも無関係ではなく、とても参考になりました。
ありがとうございました。

投稿者 milktea : 2010年03月05日 21:00

さーねさん
こんばんは♪コメントありがとうございます。
初めてのエントリーなので、どこまでやれるか自信はありませんが、頑張ってみますね(´∀`★)+.゜

あ、期待はずしちゃったらごめんなさい 笑

投稿者 milktea : 2010年03月05日 21:05

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