2010年04月12日

王権の生産 最終章

こんにちは♪milktea です
 前回までに国家成立の道のりの中で、日本の『王』がどのように誕生し、また引き継がれていったかを考察してきました。そのまとめはシリーズ6で示した通りです。
 今回、エントリーの締めくくりとして『私見ー天皇の存在意義』を示したいと思います。
 私見であればこそ、本当にこれで伝わるのか、何度となく自問しました。一読していただければ嬉しく思います。またご意見をいただければ幸いです。

 それではまず、こんな問いかけから始めたいと思います。
「日の丸ではダメですか?」 

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 私見ー天皇の存在意義 

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 天皇の存在意義…それは、憲法に定められた「日本国統合の象徴」そう言ってしまえばそこまでです。では、漠然としたイメージの『象徴』とは、いったいどのようなものなのでしょうか。

1 『場の倫理感』が成立する理由
 シリーズ3で示したように、日本人は『場の倫理感』を持つことを示しました。(社会心理学)場の内においては、妥協以前の一体感が成立していて、言語化しがたい感情的統合によって、あらゆることが曖昧に一様になっている状態であり、「おまかせする」態度も必要となる、母性原理をベースにした倫理感です。負の部分では、場の外の者に対して、警戒が強すぎるといった面もあります。場と対比するものが、父性原理をベースにした『個の倫理感』です。

 母性原理を持つ国はたくさんありますが、この場の倫理感というのは、日本特有のものであるかも知れません。けれど、この場の倫理感が成立するためには、有形でも無形でも構わない、場を包容するような、何かしらの旗印のようなものが必用ではないでしょうか。そうでなければ、バランスを取るのが難しく、潜在的不安が高まり、現代社会の中で機能していくのは困難であると、わたしは思います。
 例えば、無形であれば、理念やルール、血縁、共通の思い出等があるかも知れません。有形であれば、森や川、学校という建物、家族の住む家、祭りの広場等こちらも様々でしょう。この『場』の規模が大きくなったものが国家であるとすれば、旗印にふさわしいのは他ならぬ天皇である、そう思えてなりません。
 実際、何年か前に某テレビ局の討論番組で、「天皇がいるから日本人はファジーでいられる」という内容の議論がされていました。

 人は包容されていると感じる時、自分にあった自己表現が可能になります。社会生活を送る上で必用となる『自立』や『自己責任』を妨げるものは、過干渉とそこから発生する行き過ぎた相互依存で、包容とは全く異なります。
 そしてわたし達が旗印としの天皇に求め得るものの程度は、文末でも示しますが、あくまでも広く・浅くが原則でしょう。意識と無意識の間に滑り込むようなものであると考えます。だからこそ、普段天皇がシンボルだと意識することがあまり無くても、無意識にそれを知っている可能性が存在するのではないでしょうか。

 それでは、なぜ天皇が日本という『場』の旗印になるのでしょうか

2歴史の承認者
 シリーズ5で、権力の承認について示しました。抜粋します。

 「そして『天皇』がいなければ、摂関を代表する朝廷も院も意味を成さなくなる(権力者としての正当性をどこに求めるのか)とは、考えられないでしょうか。
 実権を失っても、実権の正当性を保証する『権威』が天皇の存在自体から発生する、ということです。これは天皇に即位した人物の資質、例えば、政務能力に 長けていたとか、我欲ばかり目立ったとか、民衆の暮らし向きに心を寄せたとか、そのような個の内容とは別次元に、天皇位そのものに付着されたものとわたし は考えます。
 天皇位に就いた人物の本音はどこにあろうと、結果的に時代ごと、その時 々の権力者及び権力構造の正当性を直接・間接的に承認する…」

 日本の大王・天皇は当初、常にその正当性を求められ、同意を求め、政務能力を期待され、それに答えることで権力を有していました。その後の権力の移り代わりを示します。

 摂関家→上皇→武士(平家を経て将軍)→戦国乱世の後関白(豊臣秀吉)→将軍→首相を長とする閣僚
 権力基盤は、朝廷→幕府(鎌倉・室町)→戦国乱世後、秀吉を経て→幕府→政府 

 幕府の長、征夷大将軍も、内閣総理大臣も天皇の任命によって就任となります。
 時代ごとの権力者とその権力構造を直接・間接的に承認するということは、そこに常に『同義的責任』が発生することになります。「政治的利用・選択肢の有無・形骸化」それらを超越したところに期待されているように思います。
 当初は複数であった大王を選出しうる一族も、継体以後は、一つの一族に集約され、今日に至っています。国際社会の中で天皇家が世界一の旧家といわれる所以です。
 時代ごとの『同義的責任』を一貫して一つの一族の長、その時代ごとの天皇が持つ。これは想像を絶する過酷な任とは言えないでしょうか。

 国のその時々の政治的判断は、その時点で知りえている前例、入手可能な情報、そこに思考を重ね合わせてくだされても、その執政の是非は、後になって評価されるものです。 歴史というスパンで考えれば、繰り返し議論の対象になります。そしてその結論も様々なのです。
  
 歴史のひとコマごとに、天皇一族が負う同義的責任は、歴史の承認であり、歴史の象徴であり、それゆえ日本国統合の象徴なのだとわたしは考えます。その象徴に包容されて、わたし達は特有といわれる社会を形成しているのではないでしょうか。

 さて日の丸の話に戻ります。世界に国旗が誕生して以来、一度たりとも血に染まった歴史を持たない国がどの位あるのでしょうか。
 例えば独立して名実共に新しい国家を建設すれば、それにふさわしい国旗に変えるのは当然です。けれど、間違いを起こす度に国旗を変えても、その間違いを無かったことにはできないのです。
 国の内外を問わず日の丸を燃やす人もいるでしょう、逆に敬愛する人もいるでしょう。思いはそれぞれです。そのそれぞれの思いを背負ってこそ国旗なのではないでしょうか。日の丸を見て戦争を思い出せば、反省と不戦の誓いをたてることこそが大切で、新しい国旗に変えることでは無い、そのようにわたしは思います。

 天皇とはいえ、ひとりの人間です。日の丸と同じ様に語ることはできません。シリーズ6でも示したように、私権文化を取り入れた時から、(渡来民によってもたらされた稲作文化も、力による強制ではなく、渡来民族の日本人への同化と共に、自ら選択した社会がもたらしたものでしょう)模索し、選択した国家成立の道のりも、新しい思想、概念が誕生し情報は動き、時代と共に一様ではなかった社会は、これからも模索を繰り返すはずです。

 象徴による包容が自己表現を促すものであるがゆえ、個人も国家も、依存ではない、特性を生かした自立を目指し、各場の共立、更にそれを超えた部分での「共に生きる社会」を模索し歩んでいきたいものです。

 また天皇家の激務は周知の通りです。個々の内容には皇室典範を見直す必要生じたとしても、それは自然なことです。それでも現在、日本国統合の象徴としてその任にあたる天皇陛下に敬意を表し、わたしの私見を終わりたいと思います。

 応援してくださった皆様、ありがとうございました。

過去ログ
 王権の生産 1 共通課題になった王の生産 序論
 王権の生産 2 共通課題になった王の生産 本論 
 王権の生産 3 王の再生産…卑弥呼と古墳の存在理由
 王権の生産 4 王の再生産…複数の王位継承権保持者
 王権の生産 5 王の再生産…生前譲位という王権移行の形
 王権の生産 6 葛城・蘇我・藤原の役割
 

参考文献…大化改新(遠山美都男) 中央公論社
       天皇と日本の起源(遠山美都男) 講談社
       古代日本と朝鮮・中国(直木孝次郎) 講談社
       日本の古代文化(林屋辰三郎) 同時代ライブラリー
       日本の歴史 小学館ライブラリー   
                 日本人の誕生(佐原眞)
                 古墳の時代(和田萃)                  
                 古代国家の歩み(吉田孝)        
『場の倫理感』に関しては、河合隼雄氏が著書『日本社会とジェンダー』の中で説明していますので、興味のある方は、参照してください

使用した画像は、シリーズ3、6以外 フリー画像素材『EyesPic』よりお借りしました

 

投稿者 milktea : 2010年04月12日 05:47  

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コメント

milkteaさん最終章読ませていただきました。

「天皇がいるから日本人はファジーでいられる」
これは言いえて妙ですが、核心をかなりついていると思います。問題はなぜファジーでいる必要があるかという問題です。

現在、タイで激しい内乱が起きています。政府軍と反政府軍に分かれて肉弾戦が繰り広げられ、ついに死者が多数出ています。日本でも60年安保の時に同様の事は過去にありましたが、その時も何が原因でどうやって収束したのかはっきりしないまま終わりました。また、歴史的にも何度か戦乱は起こりますが、その都度、調整という形で時の優れた政治家が勝負を超えて平定に入りました。

これはファジーという方法論が縄文以来続いている共生の方法論と何らかの関係があるように思います。その後の古墳時代、豪族の序列決定の方法や日本神話に見られる神々の関係、戦国時代にしても婚姻によって関係を対立から友好へ舵取りをしましたし、江戸時代の参勤交代の制度は中央と地方の並存の手法です。

天皇によってファジーでいられるというより、まさに勝負け、白黒を作り出さない日本人の政治手法の帰結として天皇という存在を作り出したのだと思います。象徴という言葉を与えるだけでその他は首長の任命ぐらいしか役割を残さなかった明治以降の天皇制はその意味では十分だったのでしょう。

「菊と刀」の本の中でアメリカのマッカーサーが日本に勝利して下した判断が天皇制だけは残したとされています。マッカーサーが一番恐れたのは日本人の団結力と国民感情だったそうです。この国から天皇を取り上げると日本は統治できないと判断したそうです。逆に日本人は「天皇」を残したマッカーサーの恩赦に感激してその後の親米化はスムーズに進みました。
アメリカの恐ろしいところは既に日本の本質をそこまで見抜いて統治したところです。

今、日本に突きつけられているのは「ファジー」の中身を切開し、もう一歩わかりやすい形で国際社会や国内統合の為に言語化することだと思います。現在、同じようなテーマで「市場シリーズ」と「縄文体質シリーズ」を続けていますが、何らかの”答え”を出していければと思います。

milkteaさん長らくの連載ありがとうございました。
また少し休んで次の連載が始まる事を期待しています。

投稿者 tano : 2010年04月12日 13:58

tanoさん
コメントありがとうございます。
マッカッサーの件は、わたしもそのように聞いています。
その前に、昭和天皇自身が自ら彼の元へ行き、自らと引き換えに日本の擁護を願い出たとも記憶しています。
その後黙して語らず、全国をまわり譲位もせずに生涯をまっとうした。そこに日の丸と重なるものを感じるのですよ。もちろんこれは個人的な意見ですが…
言語化するのはとても重要だと思います。それができて初めて「成熟した社会」への道が開かれるのだと思います。
何はともあれ、終了しました♪
ありがとうございました

投稿者 milktea : 2010年04月12日 19:48

秀吉を勉強して分かったのですが、私は「神国」というのは異教徒からこの国を守るための方便だったのだろうと思うのです。他方、内政的には、様々な仏教が日本に伝来してきており、そのような多様な仏教の上に、統合する「なにか」が必要だった。そうして本地垂迹的な「仏法をも統合する天皇」が必要だったのだと思います。あくまでも八百万的な多神教があった上での上位神としての天皇というところが日本的な統合のミソということでしょう。現在でもアメリカの神の名の下の侵略と、中国の中華思想は健在である以上、それらへの防波堤として、天皇制は必要なのでしょう。しかし、最終的には、世界中が元来の万物に神を見る世界観へと回帰していくだろうと思います。現に、欧州は既にキリスト教への執着を失いつつありますから、そうなるでしょう。そのような時代が来れば、天皇制も無用になる社会が、くるだろうと思います。そしてそれは、平和と和合の象徴たる天皇の御心でもあるでしょう。以上は私の私観ですが、当面は、右も左もなく、日本を守るにはどうすると考えていきたいものです。

投稿者 怒るでしかし~ : 2010年04月13日 22:56

milkteaさんこんばんは、
天皇制ってどうも不思議だけど当たり前というか・・・が難しいですね。

>実権を失っても、実権の正当性を保証する『権威』が天皇の存在自体から発生する、ということです。
>時代ごとの権力者とその権力構造を直接・間接的に承認するということは、そこに常に『同義的責任』が発生することになります。

天皇の持つその『権威』の根源はどこにあるんだろうということかな・・・と思っているのですが、武力を持つ時の権力者に対置して二重構造になること、常に実際に力を持つものの上からそれを承認する構造から考えて、日本人の総体の意思が働いているのは間違いないと思います。
それが『場の倫理感』という形で現れてきていると思いました。

でも結局は私権時代は力の強いものが勝って、天皇制を逆に箔付けに使ってしまうので、みな仕方ないという感覚(あきらめ感)があるので、あいまいになってしまうのかなと思いました。

でも、私権時代も力の原理もほぼ崩壊してるので、いよいよ新たな模索ができる時代なのかもしれないとも考えてます。

また記事楽しみにしてます。

投稿者 Hiroshi : 2010年04月14日 01:21

怒るでしかし~さん
コメントありがとうございます
「世界中が元来の万物に神を見る世界観」そして、それを個々人の中に個々の形で持つとき、そこに理想的な「何か」が生まれると思っています。そしてそれを互いに認めあうことなんじゃないかな、とも思います。
人が動くとき、それはいつも未知への挑戦ですね
過去を教訓にして、模索していきたいものですね♪

投稿者 milktea : 2010年04月14日 06:44

Hiroshiさん
コメントありがとうございました
これは、わたしの意見ですが、国家成立時期に、大王は繰り返しその正当性を求められ、それが受け入れられて初めて即位に至る、という事を繰り返しています。それを一つの一族が全うする。ここに権威の正当性が生まれたのではないかと思っています。
場の倫理感は、長短併せ持っています。短を改善して長をより伸ばすのが、全く新しい社会を作り出すよりベターだとは思います。
また、時の権力機構が、どのように天皇を見たとしても、それと実際にわたし達に到達するものとは違いが出てくるのではないでしょうか。
聞くではなく聴く(心で相手の思いを受ける)と、相手は自らの力で、自分を整理して歩き出す準備が整うんです。不思議ですが…(この辺は、わたしカウンセラーなので…)
それが「包容がその人にあった自己表現を可能にする」の根拠だと思っています。
ですから、日本にとっては、大切な存在ではないかと、わたしは思っています。右とか左ではもちろん無く、模索の後押しです。

おっと、何回も繰り返してしまいますが、これはわたしの個人的意見ですので…笑

投稿者 milktea : 2010年04月14日 07:15

>聞くではなく聴く(心で相手の思いを受ける)と、相手は自らの力で、自分を整理して歩き出す準備が整うんです。不思議ですが…

この感覚よく分かります。
・・・でもつい自分のこだわりなんか持ってるとうまく通じあえなかったり。僕もよく失敗します(笑い)。

なんとなく感じていたことを言葉化してもらった感じです。

投稿者 Hiroshi : 2010年04月14日 12:29

milkteaさん、大作拝読しました。

>有形でも無形でも構わない、場を包容するような、何かしらの旗印のようなものが必用ではないでしょうか。

これは、言葉以前のもの、当ブログの共通用語で言えば、「共認空間の形成」ということなのかな、と思いました。

なので、日本における天皇はこの共認の紐帯、ということなのかと。

実感としても、何らかの精神的象徴として機能しているようにも思います。

ただ、時代が下ると、たとえば南北朝時代などは、天皇自身が自らの「権威」付けのために源氏物語を援用していたり・・、ということもあり、案外盤石とは言い切れないのではないか?と思ったりもします。

そういう意味もあり、一昨年出された三田村雅子さんの「記憶の中の源氏物語」という書物には、衝撃を受けました。

次回のテーマ、楽しみにしています。

投稿者 うらら : 2010年04月14日 18:26

Hiroshiさん
ありがとうございます
この聴くというのは、とても難しい
意見の同意をしなくてもいいんです。ただ、相手が言っていること自体を、「ああ、この人はこんな思いで言っているんだ」と認めることなんですよね♪

投稿者 milktea : 2010年04月14日 19:41

うららさん
確かに南北朝は、天皇家自体の分裂ですから自ら権威付けしてますよね。それ以外にも失敗や、間違いは起こしてると思います。
それも、その時のその思考力の問題だろうかとも思います。どちらにしても、その結果は後から見えてくるもので、その時は、それを「良し」としたんだろうと思います。わたし達は常に未来から是非を問われる…だから模索が大切になってくるのかな、とも思います。
ただ、今現在の天皇家のあり方(憲法に定められた、統合の象徴)は、過去の位置付けに比べて、絶妙(良い意味で)だとわたしは感じています。

投稿者 milktea : 2010年04月14日 19:55

江戸から明治 将軍 天皇~終戦~総理大臣~ 
選挙に行くのですが 誰にいれて いいのかわからないです。
経歴を 見るのですが、最終学歴 血統 人相 他 難しいですね。その人を 信用して 1票。
本当に よい国で 生活するというのは どういうことだろうか?格差~ 政治家が 税金を使って どんな国にするのか どんな諸外国との外交をするのか~政治研究会(名前検討中

投稿者 村石太ウーマン&ソヨウチョウ : 2012年01月19日 09:21

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