2010年06月12日
シリーズ:「国家と市場」第2回 【国家(力の序列共認)と その統合限界】
武力支配による国家は、統合限界を孕んでいる。西洋しかり、東洋しかり、日本においても支配者は次々と変わっている。歴史の教科書をみると、長く続いているような国や地域や帝国があるが、その中では、必ず小競り合いが起こっていたと考えられる。
例えば、身近な日本で見てみると、日本という国は、島国であったせいもあるが、日本という大きな括りで、“日本”という国が続いているように見えるが、大和朝廷をはじめ江戸時代まで、時代時代で支配者(統合者)は変わってきている。
なぜ、武力支配による国家は、長く続かないのか?
その普遍構造を紐解いている投稿を紹介します。
超国家・超市場論8 国家(力の序列共認)と その統合限界より、
武力支配(力)による統合には限界がある
武力支配の国家では、性闘争→私権闘争を止揚した力の序列共認⇒身分制度の共認が、生産と消費の、その分担と分配の仕組み・在り様を決定している。即ち、武力を奪われた被支配階級がもっぱら働かされ、力を占有する支配階級がその生産物(富)を一方的に収奪し、消費するという仕組みである。 (その結果、支配階級は必然的に解脱充足に溺れて堕落してゆき、周辺のまだ堕落していない勢力によって滅ぼされることになる。これも又、武力統合が孕む統合限界の一つであるが、力による制圧以外に統合の方法がない以上、力によって統合するしかなく、諸国家は数千年に亙って戦争→支配→滅亡を繰り返してきた。)
参考記事
西アジア:理解する世界史
BC334年 アレクサンドロス大王の遠征はじまる
マケドニア内部の反対者を処刑し、軍隊をコリントに進めギリシャ諸都市に忠誠を誓わせるとともに、父の後を継いでペルシャ遠征軍の指揮官に就任した。
マケドニアの北方の諸部族を討伐してドナウ川(ダニューブ川)まで遠征。この際に生じたギリシャ諸市の反乱を鎮圧し、特にテーベ市は全市を破壊され市民は奴隷として売られた。

画像は、上記 サイト からお借りしました。
中国:中国的こころ>中国通史
世襲制によって王位を継承・存続。異民族から浸入に悩まされたり、美女におぼれて政治を疎かにし、滅亡していった事例など、豊富に書かれています。
中国歴代王朝

写真は ここ からお借りしました。
また、
私権圧力は活力の源泉でありながらプラスの可能性が閉ざされているという矛盾と限界を孕んでいる
たしかに、生物は絶対的な生存圧力に対しても、それを活力源として生きてはゆく。しかし、武力社会では私権闘争の圧力を活力の源泉としながら、生涯固定の身分制度によって、私権の拡大の可能性は閉ざされている。つまり、私権の強制圧力は、もっぱらマイナスの圧力(否応なく対応するしかない圧力)でしかなく、プラスの可能性が封鎖されている。この矛盾と限界こそ、武力統合の最も本質的な統合限界となる。
生物であれば、生存圧力が働き、例えば空腹になり、獲物を獲ようとして必死に活動を起こし、獲物を獲た時には、充たされる。
それがどうだろう?
とって来た獲物を、生きるための最低限の食料だけは得られるが、それ以外は、全て常に取り上げられてしまうような状態が続いたとしたら、頑張れるだろうか?それが、生涯固定の身分制度として、固定されたとしたら・・・・・・
否応なく従うか(少なくとも活力は湧かないであろう)、
反乱の機を伺うのではないだろうか?
★身分制度によってプラスの可能性が閉ざされた事例 ~記事紹介~
●参考記事: 奴隷の起源
~少なくとも古代バビロニア時代までは比較的自由度の高い奴隷だったようである。(自由度の高い奴隷って、奴隷なの?という疑問が残る)したがって、男を含めた自由度が失われた本格的な奴隷制度の始まりは、3000年程前のギリシャまで下るのではないかと推測される。~
●参考記事: ラガシュ社会での人々の階層
~王朝の元で人々の階層化が進んでいく~
●参考記事: 古代中国:祖先信仰による支配体制
~「周は、世襲化と共に、宗法という祖先を基準とした序列観念を作って、自らを祖先の本家という立場に置き、分家という形で同族や諸侯も配置していた。」・・・・・~
そんな限界を孕んだ中で、市場が花開いていく
そしてその限界の中に、私権拡大の可能性を持った交換取引(それは明らかに武力闘争からの抜け道である)が生まれ、繁殖してゆく土壌があったのである。
武力による数々の勃興の中で、武力を伴わないで、支配者(統合者)である王様や貴族から、金銀財宝を“騙し”取る手法を編み出した。それが、現在にも続く、交換取引で有り、市場である。
“抜け道”であり、“騙し”と言われる“市場”については、次回で扱います。請うご期待。
投稿者 sodan : 2010年06月12日 21:54 Tweet
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コメント
>生きるための最低限の食料だけは得られるが、それ以外は、全て常に取り上げられてしまうような状態が続いたとしたら、頑張れるだろうか?<
最低限といっても生きる為の食料が手に入るのだったら、何も支配者に逆らう必要もなければ、活力云々の問題も生じないのでは?という疑問が生じますが、どうでしょうか?
それでも「交易」をしてまで私権を拡大したいという意識になるのはなぜなのか、その必然がどこにあるのか教えてください。
投稿者 火の鳥 : 2010年06月14日 23:45
>最低限といっても生きる為の食料が手に入るのだったら、何も支配者に逆らう必要もなければ、活力云々の問題も生じないのでは?という疑問が生じますが、どうでしょうか?
どんな具体事例が伝わり易いだろうか?と色々と考えている間に時間が経ってしまいました・・・。さておき、
例えば、現代的に言えば、周りを見渡せば時給600円×8時間労働として、4800円/日支払われている。しかし、あなたには100円/食+200円=500円しか貰えなかったとしたら、(死なない程度の最低限は貰っているからと言って)それでもそこで働き続けますか?若しくは、周りと同じように働けますか?
「辞めて、違う所で働く」「それしか貰えないのなら適当にサボる」
というのは、現代的な発想です。
でも、そう思ってしまうのは、「評価されていない(しかも明らかに)」と感じてしまうからではないでしょうか?
これは、上記紹介投稿の“マイナスの圧力、プラスの可能性が閉ざされている”に当たります。
しかし、当時はそんな生易しいものではなく、辞めて他で働く場所なんてないし(逃げ出すことも許されない)、(強制労働で)サボることも許されない状況で、そこから抜け出すには、生死をかけて立ち向かうしかなかったのではないでしょうか。
圧倒的な力の支配(序列支配)が行き届いている間は、「立ち向かう」という発想さえ思い浮かばないでしょうが、上記紹介投稿にあるように、統合者は堕落していく構造にあるので、力の支配は緩んでいくことになる。
投稿者 sodan : 2010年06月24日 22:51
>それでも「交易」をしてまで私権を拡大したいという意識になるのはなぜなのか、その必然がどこにあるのか教えてください。
それでも、「交易」をしてまで私権を拡大したいという意識になるのは、・・・・
支配者側であり、敵国に勝つ為には、資本力が必要になってくる。逆に資本力があれば、小国でも勝っていける時代に突入する。
また、支配者(王様や貴族etc)VS非支配者(農民や庶民、奴隷etc)という関係とは位相が違う正しく抜け道としての“商人”が中心である。
そして、「交易」は、市場が“騙し”が起源なのに対して、“略奪”が起源であり、“略奪”では争いが堪えないので、都合のいいように秩序化させたのが「交易」ではないでしょうか。
コロンブスやヴァスコ・ダ・ガマの大航海が新大陸の発見と華々しく(?)学校では教えられていますが、実態は、支配者をパトロンとした(若しくは手を結び)略奪先の開拓である。
●当ブログからの記事紹介:
ヨーロッパ製世界史 “大航海時代”の大嘘
http://blog.kodai-bunmei.net/blog/2008/07/000554.html
●るいネットから記事紹介:
貨幣と国際貿易の歴史3 銀の産出によって国際貿易を支えたアメリカ大陸と日本
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=231833
投稿者 sodan : 2010年06月25日 01:34
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