2010年07月14日

シリーズ『イスラムを探る』 第8回 イスラム教とユダヤ教、キリスト教を分けたもの

シリーズ『イスラムを探る』今回で7回目です。イスラムの記事が増えてきました
『イスラムを探る』 プロローグ
第1回 イスラム社会ってどんな社会?
第2回 イスラム教誕生前夜の状況
第3回 ムハンマド登場と急拡大したイスラム教
第4回 急激な市場化の中で生まれたイスラム
第5回 イスラムの経済原理
第6回 イスラム共同体:規範と貨幣により結合された超共同体
第7回 イスラム帝国の拡大と分裂

今回は、同じ一神教で、時代的には先輩格のユダヤ教とキリスト教とはどう違うのか見ていきたいと思います。

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メッカ巡礼:膨大な信者が整然と並ぶ・・・ 写真はリンクよりお借りしました


まずイスラム教です。イスラム教は普段日本人にはなじみが薄いですが、どうもかなり一体感や連帯感を作り出すことを重要視しているようです。(以下)

■共同体・集団としての一体感を重視するイスラム教
以下KNブログ より引用です。

そしてこのイスラム教においては、個人レベルでの信仰の深化は当然のこととして、それ以上に信仰共同体としての「イスラム共同体」の建設が重要視されているのが大きな特徴といえます。例えばイスラム教徒の重要な信仰行為である礼拝は毎日5回決められた時間に全信者が一斉に行い、金曜日は1回は信者はモスクに集まって礼拝することが奨励されます。
また決められた期間に全信者が一斉に行う断食もイスラム教における重要な信仰行為ですが、これは神を意識するためと、貧しい者への連帯感を持つために行われます。貧者を救済するための互助システムとしての喜捨も制度化されており、相互扶助や一体感を重んじる特色があるといえます。
同じ行為を集団で一体的に行い、助け合いによって信者間の精神的紐帯を強めることによって、信者は「イスラム共同体」の一体感を高めることになるのです。巡礼はメッカが聖地と定められた後世になってから信仰行為に加えられたものですが、これも1年のうちの決められた日に信者が一斉にメッカに集まって同じ手順に従って行事をこなしていくという、最も「イスラム共同体」の一体感を感じることが出来る行事となっています。
しかし、こうした相互扶助と一体感を重んじる共同体というものは本来は古来からの部族共同体や氏族共同体によってその役割を担われてきたものでした。そうしたものと同じ役割をもった共同体の建設というものがイスラム教において特に強調されているということは、それが従来の共同体の代替物として提唱されていることを意味します。

・・・こう見てくると意外と日本の祭りや盆踊りなんかも近い感じがする。それをもっと超越的にシステム的に高めたものがイスラム?
それから、なぜ部族の共同体の代替物を用意する必要があったのでしょうか?そしてさらに初期のイスラム教の伝播速度は極めて速いものがあります。それは何故なのでしょうか?

それは初期のイスラム教の拡大を担ったのがアラブ商人だったことから見えてきます。6世紀アラビア半島で市場社会が拡大、部族という単一集団ではこの市場社会化には対応できなくなっていた。
部族共同体をベースに、それを超えた集団を統合するための大きな枠組みと規範が求められていたのであり、それに対応したのが一神教を用いたイスラム共同体だった。上記の例のようにイスラム教は部族社会を拡大した集団意識と絆を強く持った宗教といえると思います。

対して一神教の始まりといわれているユダヤ教、そしてキリスト教はどのようにして始まり、イスラム教とはどう違うのでしょうか?


■ユダヤ教:逃亡奴隷を統合するための一神教
まず一神教の始まりであるユダヤ教について、紀元前1280年頃のモーゼの時代に遡る。
 リンク より引用

一神教は、迫害され恨みを抱いた人々の宗教である。一神教の元祖であるユダヤ教は、迫害されて逃亡した奴隷たちの宗教、迫害され差別された人々の宗教だったために恨みがこもっている。ユダヤ民族は、出身がばらばらの奴隷たちがモーゼに率いられてエジプトから逃亡する過程で形成された「民族」で、同じくユダヤ教自体も、その逃亡過程でエジプトのアトン信仰の影響を受けながら、純粋な一神教へと形成されていった。

要するに、一神教は、もともと信じていた部族や民族の固有の神々の宗教を失った被差別者、逃亡奴隷の宗教、追い詰められて現実否認に逃げ込んだ者の宗教であった。多神教の神々がときにはドジをやらかす人間的な神々であるのに比べて、一神教の神が、信者と血縁関係がなく、全知全能神のような現実離れした神、唯一絶対神のような抽象的な神であるのは、そのためである。

イスラム教はユダヤ教から派生したと言われているが、上の引用文のように同じ一神教でも中身は全く異なっている。それは所属する集団が、本当に一体感を感じれる本源的な集団なのかどうか?という点だと思う。6世紀アラビア半島で始まったイスラムは、本源的な部族社会がまだ色濃く残っており、それはイスラム教の中に規範化され現在に引き継がれたのだ。

それに対して、ユダヤは奴隷にされ、元の部族集団からバラバラに引き裂かれた人々の集合であった。したがってユダヤ民族としての集団は、逃亡奴隷として迫害され、生き残っていくためのやむ得ない集団規範・結集軸としての一神教を掲げたのではないか?
ユダヤの神ヤハウェが容赦ないのも、モーゼの「十戒」が“汝~する無かれ”という禁止規範であるのも、そして選民意識が強いのも、そのような背景から出来上がっているものと考えられる。つまり他部族から自部族を正当化・特別化して、もし裏切り者が出たら容赦なく制裁するという規範・宗教になったのだ。その為の超越神だったのだ。


■キリスト教:集団を失った奴隷から始まり、支配層によって拡大された
次にキリスト教について見てみたい、これもユダヤ教から生まれたといわれますが、どう違うのだろう?

 同じくリンク より引用

その後、このユダヤ人の国はローマ帝国の植民地になったが、その屈辱的状態に耐えられず、ユダヤ人の一部にローマ帝国の支配に反抗する連中が現れた。彼らはローマ帝国から、そしてローマ帝国に服従するユダヤの支配層からも差別され、疎外された。イエスの一派である。彼のユダヤ教批判、ユダヤ教改革がキリスト教となった。すなわち、キリスト教とは、被差別者のなかの被差別者がつくった宗教である。

そのキリスト教がヨーロッパに普及したのは、もともと被差別民族であるヨーロッパ民族に、被差別者の宗教であるキリスト教が向いていたからということもあるが、やはり、ローマ帝国の権力によって押しつけられたということも否定できない。ヨーロッパ民族も、ゲルマン神話などが示しているように、もともとはそれぞれの神々を信じていたのであるが、その神々をあるいは殺され、あるいは追放されて、キリスト教の唯一絶対神を押しつけられたのである。

ローマ帝国は周辺から膨大な奴隷を取り入れ、奴隷市場で売買した。その母集団から切り離された奴隷に精神的な脱出口(ex復活・内面と外面の使い分け)を与えたのがキリスト教だった。内面で神を信じていればいいので、ユダヤのように集団で反抗することもない。
これは、支配者にとっても国家を統治するのに非常に好都合だったので、キリスト教は周辺蛮族にも押し付けられ広がっていった。西欧による植民地化の際にも同様に支配の尖兵として使われた。


●結局三つの一神教をあり方を分けたのは、本源的な集団の残存度。
簡単にまとめると
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・ユダヤ教 :迫害された集団が団結し自己正当化するために一神教を掲げた。集団内部でもお互い警戒心も孕むため禁止事項が多い。

・キリスト教民族や母集団を失い、バラバラにされた個人の救済のためにキリストが登場。個人の内面での信仰が保証されて、支配者に対しては面従腹背となり、自我の温床となる(後に近代思想・個人主義へ発展)。

・イスラム教アラビア半島は、半島で砂漠によって文明の中心から隔離されていたこともあって、古来からの部族集団が残っていた。その部族集団の規範を生かしつつ広域統合(←市場化)の必要性から、部族の枠を超えた一神教を取り入れた。部族共同体の枠を拡大して、相互扶助的で一体感を高めようとする。
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イスラム教がユダヤ教やキリスト教に対して比較的寛容だったという事実も、以上のような性格を裏付けているように思います。

以上のように見てくると、本源的な集団の残存度⇔解体度に応じて、同じように見える一神教でも様相が全く異なってくることを示しているのだと思います。そう考えると日本人の心性にイスラム教は意外にも近いように思う。

(by Hiroshi)


投稿者 ihiro : 2010年07月14日 23:48  

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» 今後の追求テーマ~日本の外交⇒インド・イスラム・東南アジアへの同化⇒その歴史の再構成 from 日本を守るのに右も左もない
これから、「日本の外交をどうする?⇒インド・イスラム・東南アジアへの同化⇒その歴史認識の再構成」というテーマを追求してゆこうと思います。こういうテーマを設... [続きを読む]

トラックバック時刻: 2010年10月26日 01:03

コメント

イスラム教がかなりスッキリしてきましたね。

ユダヤ教、キリスト教と比較するとさらによくわかります。
イスラムは集団を維持する為の宗教であり、規範であった。
それに対してユダヤ、キリスト教はバラバラの個人を救済する事が目的であった。

>結局三つの一神教をあり方を分けたのは、本源的な集団の残存度。

納得です。
現在インドシリーズで調べているヒンズー教などもイスラム教に近い特徴を持っています。宗教はその対象が個人か集団か大きく2つに分かれてくるようですね。
そう考えると仏教はどちらに入るのでしょう?
・・・・いまだに追求の途中です。

投稿者 tano : 2010年07月15日 13:04

キリスト教を
>被差別者のなかの被差別者がつくった宗教である。
という捉え方、すごく解かりやすいですねぇ。

投稿者 シンジ : 2010年07月15日 21:39

tanoさんこんばんは、
>ヒンズー教などもイスラム教に近い特徴を持っています。宗教はその対象が個人か集団か大きく2つに分かれてくるようですね。
そう考えると仏教はどちらに入るのでしょう?

仏教は、日本とかだと祖霊信仰と結びついて生き残っている感じですが、本来のものは集団も超えてしまっているような気がします。解脱とか宇宙とか?
でも良く調べたこともないので、インド追求楽しみにしてます。

投稿者 Hiroshi : 2010年07月15日 23:35

シンジさんこんばんは、
>>被差別者のなかの被差別者がつくった宗教である。

岸田秀の言葉ですが、このおっちゃんなかな鋭い。
ただキリスト教徒が聞いたら・・・・ちょっと想像するのが怖いですね。

投稿者 Hiroshi : 2010年07月15日 23:40

すばらしく明快な分析です。
事実はシンプルですね。
さらなる追求期待しています。

投稿者 andy : 2010年07月19日 20:42

ひとつだけ質問させて下さい。
今回の記事とは関係ないのですが、インドを調べていてイスラム勢力が再三にわたってインドを侵略しています。8世紀以降には巨大帝国ムガール朝を築くに至っています。

このイスラムの他地域侵略(or拡大)の発想はどこから来るのでしょうか?キリスト教が世界征服の為に他地域に拡大していったのと何か違いがあるのでしょうか?
現在でも中東が毎度戦火の中にあるのもイスラムの戦争体質が何かあるように思えます。この辺は次の記事で書かれるのかもしれませんが、本源性を残すイスラムという点でやや?が付きます。

投稿者 tano : 2010年07月21日 01:44

andyさん、tanoさんコメントありがとうございます。

>インドを調べていてイスラム勢力が再三にわたってインドを侵略しています。8世紀以降には巨大帝国ムガール朝を築くに至っています。

ムガル帝国は15世紀くらいから後からだと思いますが、これはイスラム教でもモンゴル帝国の末裔だったと思います。
また確かに10世紀以降度々、イスラム化したマムルーク(トルコ傭兵)の王朝が北インドや中央アジアを席巻しますが、これも含めて、大きく北方遊牧王朝と考えたほうがいいと思います。イスラム教は多分方便。

>このイスラムの他地域侵略(or拡大)の発想はどこから来るのでしょうか?

原点は、イスラムがアラビア半島を超えて拡大した時点だと思うのですが、それが何故急拡大していったのか?侵略なのかそれとも歓迎されたのか?その辺りがまだスッキリしません。

ただ言えるのは、ビザンツやペルシャなどの旧帝国を取り込んだことによって、域内に私権統合集団を抱えることになり、巨大化したイスラム帝国のあちらこちらから、アッバース朝以後時の経過とともに軍事集団が自立していくことになります。こうなるとカリフの権威も何もなくなっていきます。

恐らく、イスラムも日本同様軍事力を握った支配者集団と民衆は乖離しているのではないでしょうか?そしてイスラムの権威だけは利用しようとする。このあたりは日本の天皇制と近い構造があるように思います。スッキリさせたい部分です。


投稿者 Hiroshi : 2010年07月22日 00:31

tanoさん そういえばもうひとつ

>現在でも中東が毎度戦火の中にあるのもイスラムの戦争体質が何かあるように思えます。

tanoさんもそういうふうに思っているとは、イギリスの情報操作がかなり効果を発揮しているようです(笑)。

中東に戦争が多いのは、この地域が言うまでもなくエネルギー支配の要になっているから、そこに幾つかの楔(イスラエル、パキスタン)が打たれ、さらに分断政策で反政府勢力やテロリストが英米により支援されというところではないでしょうか?

インドでいえば、イスラム勢力のパキスタンをインドから独立させ、対立を煽っているのもイギリスの統治方法からでは?

それにしてもイスラムは、欧米勢の情報操作によって、かなり貶められているという点は注意したいです。

投稿者 Hiroshi : 2010年07月22日 00:47

Hiroshiさんへ

横レス、失礼いたします。

 私も個人的にインド、中東に関心があります。貴方はイスラムの戦争体質をイギリスの情報操作のせいにしておられますが、イスラムはまず武力征服ありきで拡大したのは事実です。インドはムガル以前の中世から盛んにトルコ系ムスリムの侵略を受けており、今でもガズナ朝のマフムードは恐るべき侵略者として記憶されています。それが未だにヒンドゥーとムスリムの対立の元になっている。
イギリスが分割統治としてそれを利用したのは事実ですが、大虐殺や寺院、神像を破壊されたヒンドゥーの恨みもあったのは無視できない。印パ分離独立もイギリスの策謀だけでなく、ネルーやジンナーといった印パ指導者双方もそれを望んでいた。彼らはそれをイギリスや隣国のせいにしていますけど。
 近代イランの知識人にも反アラブ感情を抱く者も少なくない。「アラブの預言者は宗教を略奪に使った」という人もいました。イランも内心ではサーサーン朝を滅ぼしたアラブに複雑な感情を抱いており、イラン・イラク戦争時など、それがあからさまに出ました。

 コーランにも明らかに聖戦を讃えるするくだりはあり、十字軍と同じく本当は略奪が目的だったにせよ、建前は“聖戦”を掲げたりする。本音と建前が違うのはどこの国も同じですが、イスラム世界の理想と現実のかい離もすごいものがあります。
 日本人には欧米に対する反発と恨みから、中東を必要以上に美化してみる人もいますが、それは欧米勢の情報操作と基本的に同じではないでしょうか?美点も欠点も含め、ありのままに見るのこそ、異なる文化圏への理解に繋がるはずです。

投稿者 mugi : 2010年07月25日 10:45

>本音と建前が違うのはどこの国も同じですが、イスラム世界の理想と現実のかい離もすごいものがあります。
>美点も欠点も含め、ありのままに見るのこそ、異なる文化圏への理解に繋がるはずです。

mugiさん。私も最近インドを調べていて思うのですが、宗教が何重にも複層している社会にやはり日本とは異なる凄まじさを感じてしまいます。ヒンズー教で何とか国家としての体を取り繕っているインドにしても、多くの矛盾を孕み、それはもはやしかたないものとして達観している部分がまた逆に凄いところでもあります。

イスラムにしてもインドにしても彼らに侵略の意思があるなしに関わらず地続きの隣国から度々戦火に見舞われており、それが無常観や苦への意味づけを考えるきっかけになりました。

これらの国を理解するには苦しく、やはり我々日本人はあまりにも平和すぎるのかもしれません。ありのままに見るということも決して容易な事ではないようです。
必要な追求姿勢のひとつではありますが、彼らの置かれた状況を把握し、肯定できるもの、学ぶべきものを見つけていくことも”ありのまま”の一つの手法だと思います。

投稿者 tano : 2010年07月27日 22:15

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